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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第6章 英雄になれなかった子どもたち

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第20話 勇者候補の孤児院

王立養護院は、王都北区の丘の上にあった。


高い塀に囲まれた大きな建物だった。表門には蔦が絡み、壁は白く塗られている。外から見れば、身寄りのない子どもたちを保護する慈善施設に見えた。


門の上には、王国の紋章。

その下に、優しい文字でこう刻まれている。


すべての子に、光ある未来を。


ノアはその言葉を見上げた。


光ある未来。


棺の中の少年の手を思い出す。剣だこだらけで、細く、栄養の足りない手。あの手が掴んだ未来は、裏墓地行きの木箱だった。


エリシアは門の前で立ち止まっていた。


「ここです」


「来たことが?」


「兄が送られる時、一度だけ。私はまだ幼くて、中には入れませんでした。兄は門の向こうで、振り返って手を振って……それきりです」


その声は淡々としていた。

淡々としているほど、傷が深いのだとノアには分かった。


グリムは少し離れた場所で周囲を見ている。ミレイは今回は同行していない。少年の死因記録を整理し、証拠を保管している。


ノアは門番に葬儀社の名を告げた。


「王都警備隊から運ばれた身元不明少年について、確認したいことがあります。こちらの施設に関係する可能性があります」


門番は表情を変えなかった。


「当院の児童に死亡者は出ておりません」


「まだ名前も確認していません」


「当院の児童に死亡者は出ておりません」


同じ言葉。


あらかじめ用意された返答だった。


エリシアが一歩前へ出る。


「聖務庁のエリシア・ヴェインです。院長に取り次いでください」


門番は彼女の徽章を確認し、渋々中へ通した。


院内は静かだった。


静かすぎるほどだった。


子どもたちの笑い声はない。走る足音もない。広い廊下には、磨かれた床と白い壁、規則正しく並んだ扉。まるで病院か兵舎のようだった。


奥の部屋で待っていた院長は、痩せた中年の女性だった。


名を、ベルタ・グレン。


きちんと結い上げた髪、整えられた襟元、温かさを装った笑み。だが、その目は笑っていない。


「レクター葬儀社の方が、当院に何のご用でしょう」


ノアは少年の特徴を伝えた。


年齢。

剣だこ。

訓練痕。

襟元の徽章を消した跡。

靴の中の番号、七三。


ベルタ院長は、最後まで表情を崩さなかった。


「当院では、児童を番号で管理しておりません」


「では、七三という数字に心当たりはありませんか」


「ありません」


「死亡した少年にも?」


「当院の児童に死亡者は出ておりません」


また同じ言葉。


ノアは静かに見つめ返した。


「では、行方不明者は?」


ベルタの指がわずかに動いた。


「児童の移動はあります。地方の養護施設へ送ることも、職業訓練先へ出すことも」


「その記録を見せていただけますか」


「部外者にはお見せできません」


エリシアが口を開いた。


「ルシアン・ヴェインの記録はありますか」


ベルタの目が、初めて明確に揺れた。


「……古い名前ですね」


「兄です。かつてここに送られました」


「記録は残っていないと思います」


「なぜですか」


「古いものですので」


「兄は、魔王討伐任務中に死亡したと聞いています。ですが、遺体も葬儀記録もありません」


ベルタは沈黙した。


その沈黙は、知らない者の沈黙ではなかった。


「エリシア様」


院長の声が低くなる。


「過去を調べることは、あなたのためになりません」


エリシアの顔が強張る。


ノアは、その言葉に既視感を覚えた。


オルガンも同じようなことを言った。

知らない方がいい。

調べない方が幸せだ。


そう言う者ほど、何かを隠している。


「院長」


ノアは静かに言った。


「私たちは、少年の名前を探しています」


「警備隊からの身元不明者でしょう。当院には関係ありません」


「死者に名がないままでは、葬儀ができません」


「身元不明者として葬ればよいでしょう」


「よくありません」


ノアの声が少し強くなった。


「名前を知る者がいるなら、その名で送るべきです」


ベルタはノアを見た。


「葬儀師は、随分と面倒な仕事をするのですね」


「死者にとっては、一度きりですから」


その時、廊下の向こうから小さな物音がした。


ノアが振り返ると、扉の隙間から子どもの顔が覗いていた。十歳くらいの少女。短く切られた髪。大きな目。


ベルタが鋭く言った。


「部屋に戻りなさい」


少女はびくりと肩を震わせ、扉の奥へ消えた。


だが、その一瞬、ノアは見た。


少女の袖口に縫いつけられた布片。


番号。


六八。


ノアは息を潜めた。


当院では、児童を番号で管理しておりません。


ベルタの言葉は嘘だった。


「院長」


グリムが低く言った。


「子どもたちを見せてもらおう」


「あなたは?」


「棺桶職人だ」


ベルタは露骨に不快そうな顔をした。


「ここは葬儀社ではありません。養護院です。お帰りください」


その時、また廊下の向こうで音がした。


今度は、何かが倒れる音。続いて、子どもの小さな悲鳴。


ベルタの顔色が変わる。


「失礼」


彼女が席を立つより早く、ノアたちは廊下へ出た。


広い訓練室があった。


窓は高く、床には木剣が並んでいる。壁には的。隅には治療用の簡易台。


そこに、十数人の子どもがいた。


年齢は八歳から十五歳ほど。皆、同じ灰色の訓練服を着ている。袖口には番号が縫い付けられていた。


一人の少年が床に倒れている。教官らしき男が、木剣を手に立っていた。


「立て」


教官は言った。


「勇者候補が、その程度で倒れるな」


倒れた少年の袖口には、六九とある。


ノアは無意識に足を踏み出した。


だが、グリムが腕で制した。


「今は見る」


「でも」


「助けるなら、全部を見る必要がある」


ノアは唇を噛んだ。


教官は少年を無理やり立たせる。少年の足は震えていた。周囲の子どもたちは、誰も声を出さない。助けようともしない。助ければ、自分も罰を受けると知っているのだ。


エリシアは顔を青ざめさせていた。


「これが、養護院……」


ベルタが追いついてきた。


「訓練の一環です。子どもたちの未来のために」


「未来?」


ノアは振り返った。


「この子たちは、勇者候補なのですか」


ベルタは口を閉ざした。


答えなくても、訓練室が答えていた。


木剣。番号。治療台。倒れた少年。恐怖で黙る子どもたち。


英雄は、ここで作られている。


そして、作られ損なった子どもは、記録から消される。


ノアは倒れた少年を見た。


棺の中の少年と同じ手をしていた。


剣だこだらけの、小さな手。

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