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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第6章 英雄になれなかった子どもたち

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第21話 選ばれなかった者の末路

訓練室の空気は、血と汗と消毒薬の匂いがした。


子どもたちは、ノアたちを見ていないふりをしていた。

見れば、何かを期待してしまう。

期待して裏切られるのが怖いのだろう。


教官が木剣を下ろし、ベルタ院長に近づいた。


「院長。部外者を訓練室へ入れる許可は」


「事故です」


ベルタの声には、かすかな苛立ちが混じっていた。


「すぐに出ていただきます」


ノアは倒れた少年の方へ歩いた。


「手当てを」


教官が前に出る。


「必要ありません。候補生は自力で立つ訓練中です」


「怪我をしています」


「勇者になれば、怪我をしても立たなければならない」


その言葉を聞いた瞬間、グリムが教官の木剣を掴んだ。


木が軋む。


「子どもだ」


グリムの声は低かった。


「勇者じゃない」


教官の顔が強張る。


ノアはその隙に倒れた少年のそばへ膝をついた。


「大丈夫ですか」


少年は答えなかった。歯を食いしばり、立とうとしている。泣きそうなのに、泣くことを許されていない顔だった。


エリシアが駆け寄り、簡単な治癒の祈りをかける。


「無理に立たなくていいです」


その言葉に、少年の目が揺れた。


立たなくていい。


この施設で、そんな言葉をかけられたことがなかったのかもしれない。


ベルタが厳しい声を出す。


「エリシア様。許可なく候補生に治癒を施さないでください」


「怪我人を放置する許可など、私には必要ありません」


エリシアの声は震えていた。

だが、引かなかった。


ノアは少年の袖口を見た。


六九。


「あなたの名前は?」


少年は目を伏せる。


「……六九」


「番号ではなく、名前です」


少年は戸惑った。


まるで、名前というものが遠い昔の言葉のように。


「トマ」


小さな声。


「トマです」


ノアは頷いた。


「トマさん。少しだけ聞かせてください。七三番の子を知っていますか」


その瞬間、訓練室の空気が変わった。


子どもたちの視線が、一瞬だけ集まる。


ベルタが鋭く言う。


「その質問には答えなくていい」


トマの体が震えた。


ノアは穏やかに言った。


「無理に答えなくて構いません。ですが、私たちはその子を葬るために名前を探しています」


「……死んだの?」


トマが呟いた。


ベルタが一歩踏み出す。


「トマ」


グリムがその前に立った。


「黙っていろ」


ベルタは顔をこわばらせたが、グリムの体格と目つきに押されて動けなかった。


トマは唇を噛んだ。


「七三は、セオ」


ノアは息を呑んだ。


名前。


ようやく、棺の少年に名前が戻った。


「セオさん」


「一緒の部屋だった。剣は下手だったけど、足が速くて、いつもパンを半分くれた」


トマの声は震えている。


「試験で倒れた。立てって言われて、でも立てなくて。夜に先生たちが連れていった。翌朝、ベッドが空になってた」


「試験とは?」


エリシアが尋ねる。


トマは答えようとして、教官を見た。


恐怖が勝ちそうになる。


その時、訓練室の隅から別の少女が声を上げた。


「選定試験」


袖口に六八とある、さっき扉から覗いていた少女だった。


「月に一度ある。強い子は上のクラスへ行ける。弱い子は、地方施設に移されたことになる」


「地方施設?」


少女は首を振った。


「戻ってきた子はいない」


ノアは拳を握った。


ベルタが冷たく言った。


「子どもの妄想です。選定試験は能力を測るためのもの。移送された子どもたちは、それぞれ適切な施設へ」


「では、移送記録を見せてください」


ノアが言うと、ベルタは黙った。


見せられないのだ。


記録がないから。

あるいは、見せれば死者の名が並んでいるから。


エリシアは訓練室を見渡した。


子どもたちの袖番号。木剣。治療台。壁に貼られた成績表。

そこには、名前ではなく番号が並んでいる。


六八。

六九。

七一。

七二。

七三。


七三の欄には、赤い線が引かれていた。


「セオは、消されたのですね」


エリシアの声は低かった。


ベルタは答えない。


ノアは成績表に近づいた。七三番の欄には、魔力、剣術、耐久、従順性という項目がある。


従順性。


子どもに向ける評価ではない。


「セオさんは、なぜ試験で倒れたのですか」


少女六八が答えた。


「前の日から熱があった。でも、休むと評価が下がるから。セオは、選ばれたかったんじゃない。落ちると、どこかへ連れていかれるから」


選ばれるためではない。

消されないために戦っていた。


ノアは胸が締めつけられた。


勇者になりたかったのではなく、生き残りたかった。


それなのに、最後は番号だけ残され、身元不明として運ばれてきた。


「ルシアン・ヴェイン」


エリシアが突然言った。


「その名前を知っている人はいますか」


子どもたちは顔を見合わせた。


誰も答えない。


古い名だ。今の子どもたちが知るはずがない。


だが、訓練室の隅にいた老清掃夫が、動きを止めた。


白髪の男だった。床の血を拭くための布を持っている。ノアはそれまで、彼が職員だと思っていなかった。存在を消すように静かに立っていたからだ。


エリシアが気づき、近づく。


「あなたは、兄を知っていますか」


老清掃夫はベルタを見た。


ベルタの顔が険しくなる。


「余計なことは言わないように」


老清掃夫は、しばらく沈黙した。


そして、小さく言った。


「ルシアン様は、優しい子でした」


エリシアの顔が崩れた。


「兄を……知っているのですね」


「はい。十年ほど前、ここにおられました。剣よりも、下の子の手当てばかりしていた。よく叱られていました」


エリシアは両手を握りしめる。


「兄は、魔王に殺されたと聞きました」


老清掃夫は首を振った。


「私は、そうは聞いておりません」


ベルタが声を荒げた。


「黙りなさい!」


グリムが一歩踏み出す。


訓練室の空気が張り詰めた。


老清掃夫は震えながらも、言葉を続けた。


「ルシアン様は、命令に背いたと聞きました。上の方々に連れていかれ、それきり……記録から名前が消されました」


エリシアの瞳が揺れる。


「連れていかれた先は」


「英雄管理局の馬車でした」


ノアの中で、また線がつながる。


英雄管理局。

選定院。

消された子ども。

エリシアの兄。


ベルタは、ついに冷静さを失った。


「全員、部屋へ戻りなさい! この件は正式に抗議します。あなた方は当院の運営を妨害した」


「運営?」


ノアは少年セオの名前を胸に刻みながら言った。


「子どもを番号で呼び、死んだら記録から消すことを、運営と呼ぶのですか」


ベルタの目が細くなる。


「あなたは何も分かっていない」


「分かっていないのは、子どもたちの名前を忘れた人たちです」


ノアはトマと少女六八を見る。


「私たちは、セオさんを名前で葬ります」


子どもたちの間に、わずかなざわめきが起きた。


名前で葬る。


それだけの言葉が、ここでは希望のように響いた。


ベルタは冷たく言った。


「そのような児童は、当院には存在しません」


ノアは答えた。


「では、なおさら私が記録します」


その言葉に、老清掃夫が目を伏せた。


まるで、長い間待っていた言葉を聞いたように。

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