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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第3章 棺の中の手紙

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第8話 裏切り者の魔法使い

裏切り者の葬儀は、雨の日よりも静かに始まる。


誰も泣かない。

誰も花を持ってこない。

誰も、死者の名を呼ぼうとしない。


その日、レクター葬儀社に運ばれてきた棺には、白布も聖務庁の紋章もなかった。勇者カイルの時のような黒い馬車でも、聖女候補リナの時のような祈りの印でもない。


荷馬車の荷台に、ただ木箱のように積まれていた。


「魔法使いアルト・ヴェイン。享年二十三」


英雄管理局の使者は、手短に書類を読み上げた。


「元勇者パーティー随行魔法使い。北方任務中、魔王側へ通じた疑いにより拘束。その後、逃亡を図ったため処分。王国は、最低限の埋葬のみ許可する」


処分。


死者に使うには、あまりに乾いた言葉だった。


ノアは書類を受け取った。


「葬儀は」


「不要だ。遺体を整え、裏墓地へ送れ。参列者はいない」


「ご遺族は」


「連絡済みだが、引き取りを拒否した」


使者は棺を見ようともしなかった。


「裏切り者に、手間をかけるな」


その言葉を残して、使者は去った。


ノアはしばらく、荷馬車の上の棺を見つめていた。


勇者は英雄として飾られた。

聖女候補は殉教者として祈られた。

そして裏切り者は、物のように運ばれてきた。


だが、棺の中で眠る者に差はない。


死んでいる。


ただそれだけは、どんな称号よりも確かな事実だった。


「運びましょう」


ノアが言うと、棺桶職人のグリムが黙って頷いた。


グリムは大柄な男だった。無口で、必要なことしか言わない。顔には古い傷があり、右手の薬指が一本欠けている。元冒険者だと聞いているが、本人は昔の話をほとんどしない。


彼はアルトの棺を肩に担ぐと、重さを確かめるように一度だけ動きを止めた。


「軽いな」


「遺体は一人のはずです」


「魔法使いは、死ぬと軽くなるのか」


冗談ではなかった。グリムの声はいつも低く、感情が読みにくい。


ノアは棺を作業室へ運び入れた。


蓋を開けると、細身の男が横たわっていた。


黒髪。長い指。頬はこけているが、顔立ちは整っている。胸元には、魔法使いの証である青い石のペンダントがかけられていた。だが石にはひびが入り、魔力はほとんど失われている。


アルト・ヴェイン。


勇者パーティーを裏切った男。


書類にはそうある。


ノアは棺に向かって一礼した。


「お帰りなさいませ、アルト様」


その瞬間、胸の奥に小さな違和感が落ちた。


カイルの時ほど鋭くはない。リナの時ほど痛ましくもない。

だが、確かに何かが引っかかる。


ノアはアルトの顔を見た。


穏やかだった。


処分された者、逃亡を図った者、裏切り者として追い詰められた者の顔にしては、あまりにも静かだった。


口元には、わずかに笑みのようなものさえある。


「変な顔をしている」


グリムが言った。


「僕がですか」


「死者がだ」


グリムは棺を覗き込む。


「裏切り者の顔じゃない」


「裏切り者の顔を、見たことがあるのですか」


「何度も」


その一言だけで、グリムは黙った。


ノアはアルトの遺体を確認する。


手首に縛られた跡。肩に打撲。背中には鞭のような痕。処分前に拘束され、尋問を受けたのだろう。致命傷は胸の中央にある魔術焼灼痕だった。


魔法で心臓を焼かれている。


王国の処刑魔術によく似ていた。


「逃亡を図ったため処分、ですか」


ノアは書類を見た。


逃亡者なら、背中に傷があってもおかしくない。追われ、撃たれ、倒れたというなら。


だがアルトの致命傷は正面からだった。

逃げている相手を、正面から処分するだろうか。


作業室の扉が開き、ミレイが入ってきた。


「また変な棺?」


「今回は裏切り者だそうです」


「へえ。裏切り者って、死んだ後も忙しいんだね。誰にも見てもらえず、誰にも信じてもらえず、都合のいい罵声だけ被せられる」


彼女は軽い口調で言いながら、手袋をはめる。


「診るよ」


ミレイはアルトの胸の焼灼痕を確認した。


「処刑魔術だね。王国式。短時間で心臓だけ焼くやつ」


「逃亡中に?」


「できなくはない。でも、これは固定された状態で撃たれてる。体が動いた痕跡がない。逃げながら受けた傷じゃない」


ノアは眉を寄せる。


「では、処刑された」


「そう見える」


「書類には、逃亡を図ったため処分とあります」


「王国の書類って、便利だね」


ミレイはそう言って、アルトの手を取った。


「指がきれいだ」


「魔法使いですから」


「いや、戦闘魔法使いにしては、爪が割れてない。手荒れも少ない。研究職寄りかな。結界とか、記録魔法とか、そういうタイプ」


ノアはアルトの所持品を確認した。


割れたペンダント。

空のインク瓶。

短い羽ペン。

焦げた紙片。

そして、外套の裏に縫い込まれていた小さな銀糸。


銀糸は、何かの封印に使われるものだった。


「縫い目が新しい」


ノアは外套の内側を確認する。


胸元ではない。袖でもない。棺の中で体の下になる位置。死者を棺へ納める時、よほど注意しなければ気づかない場所だ。


「グリムさん、少し持ち上げてもらえますか」


グリムがアルトの体を慎重に支える。ノアは棺の底板を見た。


底板の一部が、わずかに浮いている。


「二重底か」


グリムが呟く。


ノアは細い刃を差し込み、板を外した。


中から、油紙に包まれた小さな封筒が出てきた。


封には、青い石の欠片が埋め込まれている。アルトのペンダントと同じ石だ。


ミレイが低く言った。


「本人の魔力封印だね。外から開けると燃えるかも」


「開けられますか」


「時間をかければ」


ノアは封筒を作業台に置いた。


死者が棺の底に隠したもの。


それは、偶然ではない。


アルトは自分が死ぬことを知っていた。

死後、誰かに見つけてほしくて、手紙を棺に隠した。


だが、それなら。


裏切り者として処分された男が、なぜ穏やかな顔で眠っているのか。


なぜ逃亡者のはずが、正面から処刑されているのか。


なぜ手紙を、棺の中に残したのか。


ノアはアルトの顔を見た。


「あなたは、本当に裏切ったのですか」


答えはない。


ただ棺の底の手紙だけが、かすかに青く光っていた。

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