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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第2章 聖女の祈りは届かなかった

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第7話 祈りの言葉を変える日

聖務庁の小礼拝堂は、白で満たされていた。


白い壁。白い布。白い花。白い蝋燭。祭壇に置かれたリナの棺にも、雪のような布がかけられている。


美しい場所だった。


だからこそ、ノアには息苦しく感じられた。


リナの痩せた頬も、包帯の下の反動傷も、もう祈れないと書かれた日記も、この白さの中では消えてしまいそうだった。


参列者は多くない。


聖務庁の関係者。数人の兵士。リナと同じ訓練を受けた聖女候補たち。そして、英雄管理局の役人が二人。


オルガンの姿はない。だが、ノアには十分だった。王国は見ている。


エリシアは祭壇の前に立っていた。


白い聖衣。祈りの杖。結ばれた銀髪。遠目には、物語の中の聖女のように見える。


だが、ノアだけは知っていた。


彼女の袖の中で、指が震えていることを。


式が始まる。


聖務庁の司祭が、リナの功績を読み上げた。


「聖女候補リナ・メイベルは、北方戦線において、魔王の呪いに侵されながらも祈りを捧げ続け、多くの兵士の命を救いました。その魂は、王国の光として永遠に」


ノアは目を伏せた。


その言葉に、嘘はどれほど混じっているのだろう。


多くの兵士を救った。

これはおそらく本当だ。


魔王の呪いに侵された。

これは違う。


祈りを捧げ続けた。

これも、半分だけ本当だ。


捧げ続けさせられた。


その違いは、弔辞の中では簡単に消される。


やがて、エリシアの番が来た。


聖女見習いによる祈り。


聖務庁の使者が、用意された祈りの紙を彼女に渡す。エリシアはそれを受け取った。


礼拝堂が静まり返る。


ノアは作業室で彼女が書いた白紙を思い出した。何度も書いては消し、また書き直していた。最後まで、自分の言葉で祈ることを恐れていた。


エリシアは紙を開いた。


最初の数行を読む。


「神よ。あなたのもとへ帰る魂を、どうか光の道へお導きください」


それは、聖務庁の定型祈祷文だった。


参列者たちが静かに頭を垂れる。


「聖女候補リナ・メイベルは、その短き生において、多くの者を癒やし、救い、王国のために祈りを捧げました」


声は震えている。


だが、途切れない。


「彼女の働きは尊く、その献身は」


そこで、エリシアの声が止まった。


用意された祈りの次の行には、こう書かれているはずだった。


その犠牲は、王国の光として永遠に讃えられるでしょう。


エリシアはその一文を見つめていた。


長い沈黙。


司祭がわずかに眉を動かす。


英雄管理局の役人が顔を上げる。


ノアは、息を止めた。


エリシアの手が、祈りの紙を下ろした。


「リナは」


その声は、小さかった。


けれど、礼拝堂の白い壁にまっすぐ響いた。


「リナは、犠牲になりたかったわけではありません」


空気が揺れた。


聖務庁の司祭が目を見開く。


エリシアは続けた。


「彼女は、白い服をもらって喜ぶ女の子でした。食堂のパンが硬いと笑い、祈りの言葉を間違えて、髪紐の色で迷う、普通の女の子でした」


ノアは棺を見た。


白い布の下で、リナは眠っている。


「彼女は多くの人を救いました。けれど、それは彼女が痛みを感じなかったからではありません。怖くなかったからでも、疲れなかったからでもありません」


エリシアの声が震える。


「手が痛いと、日記に書いていました。眠いと書いていました。水を飲むと吐くと書いていました」


参列していた聖女候補の一人が、口元を押さえた。


「そして最後に、こう書いていました」


エリシアは目を閉じた。


「もう祈れない、と」


礼拝堂は静まり返った。


誰も咳払いすらしない。


エリシアは祈りの杖を胸に抱いた。


「だから私は、彼女を尊い犠牲としてだけ祈りたくありません。王国の光としてだけ、讃えたくありません」


司祭が一歩動く。


「エリシア」


制止の声。


だが、彼女は止まらなかった。


「リナ。あなたは、よく頑張りました」


その言葉は、祈りというより、友人への語りかけだった。


「もう祈らなくていいです。もう誰かを救わなくていいです。もう、あなたが休んだから誰かが死ぬなんて、思わなくていいです」


エリシアの頬に涙が流れた。


「どうか、今度こそ眠れますように。痛みのない場所で、食堂の硬いパンの文句を言って、髪紐の色で迷って、ただのリナとして笑えますように」


礼拝堂の後方で、誰かが泣き出した。


聖女候補の少女だった。隣の少女も涙を拭っている。兵士の一人が、深く頭を下げた。


ノアは気づいた。


これは、聖務庁が望んだ感動ではない。


殉教者を讃える涙ではない。


リナが一人の少女だったことを、初めて知った者たちの涙だった。


祈りが終わると、礼拝堂には長い沈黙が残った。


司祭は厳しい顔をしていた。英雄管理局の役人は、何かを記録している。エリシアの立場は悪くなるだろう。


それでも、リナの棺の前に立つ彼女の表情には、後悔はなかった。


葬儀が終わったあと、ノアは礼拝堂の外でエリシアを待った。


外は曇っていたが、雨は降っていない。


エリシアは聖務庁の使者に厳しく何かを言われていた。彼女は黙って頭を下げている。反論はしない。ただ、折れてもいなかった。


やがて使者が去ると、エリシアはノアのもとへ来た。


「叱られました」


「でしょうね」


「しばらく、正式な祈祷の場には立たせてもらえないかもしれません」


「後悔していますか」


エリシアは少し考え、首を振った。


「怖いです。でも、後悔はしていません」


彼女は礼拝堂の扉を振り返る。


「リナは、聖女候補として立派に死んだのだと、私は思い込もうとしていました。そう思えば、悲しみが少しは綺麗になるから」


「綺麗な悲しみのほうが、受け入れやすいですから」


「でも、リナは綺麗に死んだわけではありませんでした」


エリシアの声は静かだった。


「痛くて、苦しくて、休みたくて、それでも休めなくて……最後に、もう祈れないと書いた。そこから目を逸らして祈るのは、リナのためではありません」


ノアは頷いた。


「あなたの祈りは、届いたと思います」


「そうでしょうか」


「少なくとも、聖務庁の祈りよりは」


エリシアは少しだけ笑った。泣いた後の、疲れた笑みだった。


その時、礼拝堂の奥から若い兵士が出てきた。


彼は周囲を気にしながら、ノアとエリシアに近づいた。北方戦線の徽章をつけている。リナに治療された兵士の一人だろう。


「あの」


兵士は小さな声で言った。


「リナ様のことですが」


エリシアが顔を上げる。


「何か、ご存じなのですか」


兵士は唇を噛んだ。


「俺は、あの治療所にいました。リナ様は、何度も休ませてくれと言っていました。でも、聖務庁の監督官が……あと一人、あと一人だけと」


ノアは息を詰めた。


兵士は震える声で続ける。


「最後の日、リナ様は立っていられませんでした。それでも、運ばれてきた負傷兵に手を伸ばして……そのあと倒れました。呪いなんて、俺は見ていません」


エリシアの顔が青ざめる。


「その監督官の名前は」


兵士は答えかけて、背後を見た。聖務庁の使者たちがまだ近くにいる。


彼は懐から小さな紙片を取り出し、ノアに押しつけた。


「すみません。俺は、これ以上は」


そう言って、逃げるように去っていく。


ノアは紙片を開いた。


そこには、乱れた文字で一つの名前が書かれていた。


監督官マルク・セイン。

聖務庁所属。

英雄管理局との連絡役。


ノアは眉を寄せた。


聖務庁だけではない。


ここにもまた、英雄管理局の影がある。


エリシアもその名を見ていた。


「マルク監督官……私も知っています。聖女候補の戦地派遣を管理している人です」


「会えますか」


「難しいと思います。でも、記録なら聖務庁に残っているはずです。リナが何人治療したのか、どれだけ休んだのか、誰が指示を出したのか」


エリシアの目に、先ほどまでとは違う光が宿っていた。


悲しみではない。

怒りでもない。

それは、知ろうとする意志だった。


「ノアさん」


「はい」


「私、リナの死をこれで終わりにしたくありません」


ノアは紙片を折り、懐に入れた。


「僕もです」


二人は礼拝堂を振り返った。


白い建物の中で、リナの棺はもう閉じられている。葬儀は終わった。聖務庁は、彼女を殉教者として記録するだろう。


だが、ノアの台帳には別の記録が残る。


魔王の呪いではない。

治癒魔法の過剰使用。

生命力の枯渇。

聖務庁監督官の指示。

英雄管理局との連絡。


そして最後の一文。


彼女の祈りは、届かなかった。


なぜなら、誰も彼女自身を救おうとしなかったからだ。


その夜、レクター葬儀社に戻ったノアは、リナの葬儀記録を書いた。


聖女候補リナ・メイベル。

公式死因、魔王の呪い。


確認事項。

反動傷。

魔力枯渇。

日記の記述。

証言、北方治療所の兵士。

監督官マルク・セイン。


ノアは羽ペンを止める。


勇者の死因が嘘だった。

聖女の死因も嘘だった。


ならば、王国が美しく語る死のうち、どれだけが本当なのだろう。


机の上には、カイルの記録とリナの記録が並んでいる。


勇者。

聖女。


王国が最も美しく飾る二つの死。


そのどちらも、真実から目を逸らされていた。


ノアは台帳を閉じようとして、ふと気づいた。


リナの日記の最後のページに、小さな折り目があった。見落としていた。紙の端が二重になっている。


慎重に開くと、そこにもう一行、薄い文字が隠れていた。


リナの最後の筆跡。


エリシアさん、ごめんなさい。

私、聖女になれませんでした。


ノアはその一文をしばらく見つめた。


聖女になれなかったのではない。


聖女にならされる前に、少女のまま死んだのだ。


ノアは日記を閉じ、灯りを落とした。


外では、鐘楼の鐘が夜を告げている。


勇者の棺に続いて届いた聖女候補の棺は、王国の別の嘘を教えてくれた。


死者は語らない。


それでも、遺体は黙っていない。


包帯だらけの手も、薄い呪いの痕も、震える日記の文字も、すべてが何かを訴えていた。


ノアは暗い作業室で、誰もいない作業台へ向かって一礼した。


「おやすみなさい、リナ様」


もう祈れないと書いた少女に、今さら祈りは届かないかもしれない。


それでも、ノアは思う。


せめて記録だけは、届く場所まで運ばなければならない。


嘘ではなく、彼女の本当の死を。

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