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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第12章 死者の名を呼ぶ

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第45話 聖女の本当の祈り

国葬は、中断された。


王国の式次第は破綻した。

勇者アレスを最後の魔王を討った英雄として送る儀式は、もう続けられなかった。


だが、葬儀そのものは終わっていない。


ノアは、アレスの棺の前に立っていた。


広場の混乱は完全には収まっていない。だが、オルガンが王国軍を下がらせ、ギルド代表たちが民衆を落ち着かせ、聖務庁の若い祈り手たちが怪我人に手当てを始めたことで、最悪の事態は避けられていた。


聖務庁の高位司祭たちは顔を青ざめさせ、王国軍の将校たちは不満を隠せない。英雄管理局の職員たちも混乱している。


それでも、棺はそこにある。


勇者アレスは、まだ送られていない。


ノアはエリシアへ視線を向けた。


彼女は頷き、祭壇の中央へ戻った。


「この葬儀を、終わらせましょう」


エリシアの声が、広場に響く。


「嘘で飾るためではなく、死者を送るために」


聖務庁の司祭が何か言いかけたが、若い祈り手の一人が彼を止めた。


「聞きたいです」


その祈り手は震えていた。


「私も、何のために祈ってきたのか、知りたい」


それに続くように、数人の祈り手がエリシアの後ろに立った。


聖務庁の列が割れた。


王国の祈りを守る者と、死者のための祈りを求める者に。


エリシアは、彼らを見て静かに頭を下げた。


「私は、聖女ではありません」


彼女は言った。


「聖務庁の命令に背きました。祈祷文を捨てました。きっと、正式な祈り手としては失格です」


誰も笑わなかった。


「でも、リナがもう祈れないと書いた時、私は思いました。祈りとは、死者にさらに役割を背負わせるものではないはずです」


エリシアはアレスの棺へ向き直る。


「勇者アレス様。あなたは、最後の魔王を討った勝利者としてではなく、戦いを終わらせようとした人として、ここに眠っています」


彼女は杖を置いた。


聖務庁の象徴を、祭壇の床に。


そして、両手を胸の前で組んだ。


「神よ、と呼ぶ前に、私は死者の名を呼びます」


広場が静まる。


「アレス・グラント様。あなたが剣を置こうとしたことを、私たちは忘れません」


彼女の声は、まっすぐだった。


「ゼルド・ハイム様。あなたは最後の魔王としてではなく、和平を望んだ相手として記録されるべきです」


魔王の名が、王都の中心で祈りの中に呼ばれた。


それは、おそらく王国史上初めてのことだった。


「カイル・アーヴィング様。あなたが守ろうとした子どもたちの名が、いつか記録に戻りますように」


「リナ・メイベル。もう祈らなくていいです。あなたの痛みを、祈りで飾りません」


エリシアの声が少し震える。


「アルト・ヴェイン様。あなたが背負った嘘を、いつか必要のないものにできますように」


「ユージン・クロフト様。どうか、今どこかで生きていてください。勇者でなくても、生きていてください」


広場のどこかで、誰かが泣いた。


「セオ。番号ではなく、あなたの名を呼びます。トマ、ミナ、そしてまだ番号で呼ばれている子どもたちの名が戻りますように」


トマが顔を覆う。ミナは泣きながらも、エリシアを見ていた。


「ガルディア・ノクス様。あなたを魔王としてだけ記録しません。あなたの民と娘さんに、いつか安全な弔いの場が戻りますように」


「ルシアン・ヴェイン」


その名で、エリシアの声が崩れかけた。


けれど、彼女は踏みとどまった。


「兄さん。あなたが逃がそうとした子どもたちのために、私は祈るだけでは終わりません」


ノアは目を伏せた。


エリシアの祈りは、もう聖務庁の祈りではなかった。


死者を光へ送るだけではない。

生者が何を引き受けるかを誓う祈りだった。


「ロアン・アルバ様。あなたの沈黙も、後悔も、遺言も、ここから始まる記録の一部になりますように」


「イザーク・レクター様。あなたが残した記録を、息子さんがここに届けました」


ノアの胸が熱くなる。


エリシアは最後に、もう一度アレスの棺へ向き直った。


「勇者アレス様」


彼女は深く頭を下げた。


「あなたを、勝利のためではなく、終わらせるために戦った人として送ります。どうか、今度こそ剣を置いて眠れますように」


その瞬間、鐘楼の鐘が鳴った。


誰が鳴らしたのか、やはり分からなかった。


だが、今度の鐘は、国葬の鐘とは違って聞こえた。


勝利の鐘ではない。

王国の栄光を告げる鐘でもない。


死者のための鐘だった。


ノアは棺の前へ進んだ。


「アレス様」


彼は最後の弔辞を述べる。


「あなたの死は、王国の勝利を飾るものではありません。あなたの死は、私たちに問いを残しました。勝利とは何か。平和とは何か。英雄とは何か。魔王とは何か」


ノアは民衆を見る。


「その答えは、今日ここで出ません。ですが、少なくとも一つだけ言えます」


彼はアレスの棺に手を置いた。


「死者を嘘で飾ることは、平和ではありません」


オルガンが、静かに目を伏せた。


ノアは続ける。


「これより、勇者アレス・グラント様を送ります。最後の魔王を討った英雄としてではなく、戦いを終わらせようとした一人の人間として」


彼は深く一礼した。


「おやすみなさいませ、アレス様」


エリシアが祈る。


若い祈り手たちも、それに続いた。


最初は数人。

やがて、広場のあちこちで人々が頭を下げ始めた。


すべてを信じたわけではない。

まだ混乱している者も、怒っている者も、拒む者もいる。


それでも、アレスの棺の前で、人々は頭を下げた。


英雄としてではなく。


死者として。


その光景を見て、ノアはようやく少しだけ息を吐いた。


葬儀は、終わった。


だが、物語は終わらない。


この後、王国は揺れる。

英雄管理局は責任を問われる。

聖務庁は祈りのあり方を問われる。

王国軍は魔王領との戦争記録を問われる。

そして民衆は、信じてきた英雄譚と向き合わなければならない。


死者の名を呼ぶことは、世界を一瞬で正す魔法ではない。


それは、長い弔いの始まりだった。

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