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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第12章 死者の名を呼ぶ

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第44話 死者たちの名前

沈黙は長く続かなかった。


最初に動いたのは、王国軍だった。


将校が剣を抜き、叫んだ。


「反逆だ! 全員拘束しろ!」


兵士たちが祭壇へ殺到する。


民衆が悲鳴を上げる。

人の波が揺れ、押し合い、転びそうになる。


その混乱の中で、オルガンがようやく動いた。


彼は片手を上げた。


「王国軍は下がれ」


将校が振り返る。


「局長! この者たちは王国を侮辱しています!」


「今、ここで剣を抜けば、国葬は虐殺の場になる」


「しかし!」


「下がれと言っている」


オルガンの声は大きくなかった。


だが、将校は一瞬、動きを止めた。


英雄管理局長としての権威が、まだそこにあった。


その隙に、ミレイたちがさらに記録の写しを人々へ渡していく。新聞書きが叫ぶ。


「この記録、印章が本物だ!」


「英雄管理局の分類印がある!」


「勇者死亡処理分類……何だこれは!」


ギルド代表たちもざわめく。


商人ギルドの代表が、魔王指定による税収増加記録を読み、顔を青ざめさせた。兵士ギルドの古参は、候補生処理記録を見て拳を震わせている。吟遊詩人の一人は、ロアンの遺言を読みながら泣いていた。


真実は、一度に広がる火ではない。


だが、小さな灯りがあちこちに移っていく。


ノアは祭壇の上からそれを見ていた。


自分がすべてを説明する必要はない。

死者の記録が、人々の手に渡り始めている。


その時、聖務庁の高位司祭がエリシアの前に立った。


「エリシア・ヴェイン。あなたは聖務庁の祈りを汚した」


エリシアは静かに司祭を見返した。


「汚したのは、死者の痛みを隠すために祈りを使った人たちです」


「聖女見習い風情が」


「私はもう、聖女見習いでなくても構いません」


司祭の顔が歪む。


「祈りを失って、何が残る」


エリシアは棺へ目を向けた。


「名前が残ります」


その一言に、司祭は黙った。


エリシアは民衆へ向き直る。


「聖務庁で、私は祈りを学びました。死者の魂が光へ帰るようにと。けれど、私は長く、誰のために祈っているのかを考えていませんでした」


広場が、彼女の声を聞き始める。


「リナは、もう祈れないと書いて死にました。ルシアンは、子どもたちを逃がそうとして死にました。ガルディア様の娘は、人間の祈りなどいらないと言いました」


エリシアは胸に手を当てた。


「それでも、私は祈ります。許されるためではありません。死者の痛みを消すためでもありません。忘れないために祈ります」


彼女は杖を掲げた。


聖務庁の定型祈祷ではない。

王国のための祈りでもない。


「どうか、死者の名が、役割に奪われませんように」


広場に淡い光が広がった。


それは奇跡というほど大きなものではない。

誰かを治す光でも、敵を払う光でもない。


ただ、祭壇の上の花を静かに揺らすだけの光。


けれど、その光の中で、多くの人が花を握りしめた。


誰かを思い出すように。


戦場で帰らなかった息子。

勇者候補として連れていかれた子。

聖女候補として戻らなかった娘。

魔王領との境界で消えた家族。


王国が用意した大きな物語の下には、数えきれない小さな死がある。


人々は、そのことを初めて思い出し始めていた。


その時、群衆の中から声が上がった。


「うちの弟も、勇者候補だった!」


別の声。


「聖女候補で北方へ行った娘の死因を、もう一度調べてくれ!」


「魔王領の避難民を匿っただけで父は連れていかれた!」


「記録を見せろ!」


広場の声が、怒りに変わり始める。


ノアはすぐに危うさを感じた。


怒りは必要だ。

だが、怒りだけで動けば、また誰かが傷つく。


オルガンも同じことに気づいたのだろう。彼は祭壇へ上がり、ノアの隣に立った。


民衆がざわめく。


英雄管理局長。


死者の物語を管理してきた男。


ノアは身構えた。


オルガンは広場を見渡し、静かに言った。


「今、ここで怒りに任せて剣を取れば、また死者が増える」


その声はよく通った。


「それを望んでいる者がいる。真実を暴動として処理し、葬儀師たちの言葉を反乱として消したい者たちがいる」


王国軍の将校たちが顔色を変えた。


オルガンは続けた。


「私は英雄管理局長として、多くの死者の記録を書き換えてきた」


広場が静まる。


ノアは息を呑んだ。


オルガンは、自ら認めた。


「その罪は消えない。だが、今この場で最も恐れるべきことは、真実を聞いた者たちが互いを殺し始めることだ」


彼はノアを見た。


「葬儀師。続きを」


ノアは一瞬、言葉を失った。


オルガンが、場を整えた。


王国を守るためか。

自分の責任を逃れるためか。

あるいは、これ以上死者を増やさないためか。


分からない。


だが今は、受け取るしかない。


ノアは再び民衆へ向き直った。


「怒ってください」


広場が静まる。


「悲しんでください。疑ってください。記録を求めてください。けれど、今ここで隣の人を敵にしないでください」


ノアは、アレスの棺に手を置いた。


「アレス様は、戦いを終わらせようとして死にました。私たちが今日ここで新しい戦いを始めれば、彼の死はまた別の嘘に使われます」


民衆のざわめきが少しずつ落ち着いていく。


「今日、ここで始めるべきことは、復讐ではありません」


父の言葉が、ノアの中で響く。


「記録を開くことです。名を確認することです。死者がどう死んだのかを、家族が知る権利を取り戻すことです」


エリシアが頷く。


「祈りを、王国のためではなく、死者と遺された人のために戻すことです」


ミレイが記録束を掲げる。


「遺体を見た人間の所見を消させないことです!」


グリムが低く言った。


「子どもを番号で呼ばせないことだ」


その言葉に、トマとミナが泣きながら頷いた。


ノアは言った。


「死者の名を呼ぶことです」


その時、広場の中で一人の老人が帽子を取った。


「俺の息子の名は、ハンスだ」


誰も知らない名。


戦死者かもしれない。勇者候補かもしれない。

だが、老人は震える声で続けた。


「魔王軍に殺されたと聞いた。遺体は戻らなかった。もう一度、記録を調べてくれ」


それを皮切りに、あちこちから名が上がった。


「娘はミリア!」


「弟はロッド!」


「姉は聖女候補のサラ!」


「父は境界村のトルガ!」


広場は怒号ではなく、名前で満ち始めた。


死者の名。


王国の記録の下に沈んでいた名前。


ノアは目を閉じた。


これは、すべてを解決する声ではない。

これから混乱が起きるだろう。

調査も、反発も、隠蔽も、争いもある。


だが、もう死者は完全には沈黙しない。


名前が呼ばれ始めたからだ。

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