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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第12章 死者の名を呼ぶ

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第43話 破られた弔辞

鐘楼の鐘が鳴っていた。


予定にない鐘だった。


勇者アレスの国葬は、すでに国葬ではなくなっていた。


鐘楼広場には、叫び声と怒号と祈りの声が入り混じっている。民衆は何が起きているのか分からず、互いに顔を見合わせていた。王国軍の兵士たちは祭壇へ上がろうとし、英雄管理局の職員たちは記録の写しを奪い返そうとしている。


聖務庁の司祭は、エリシアを制止しようと声を荒げていた。


それでも、広場は完全には崩れていなかった。


皆、聞いてしまったからだ。


勇者アレスは、魔王を討って死んだのではない。

彼は、魔王と握手した。


その一文が、民衆の足をその場に縫い止めていた。


ノアは祭壇の中央に立っていた。


足元には、英雄管理局が用意した弔辞が破れて落ちている。白い紙が風に揺れ、そこに書かれていた「最後の魔王を討った英雄」という文字が半分に裂けていた。


王国が用意した物語。


それを破った瞬間、ノアは自分がもう後戻りできない場所に立っていることを理解した。


王国軍の将校が叫ぶ。


「その葬儀師を拘束しろ!」


兵士が祭壇へ駆け上がる。


グリムが立ちはだかった。古い冒険者仲間たちも、祭壇の左右で兵士の進路を塞ぐ。剣と槍がぶつかる音が響いた。


「長くは持たんぞ!」


グリムの声が飛ぶ。


ノアは頷いた。


長くは必要ない。


だが、急ぎすぎてもいけない。


これは暴露ではない。

演説でもない。

葬儀だ。


死者を送るための言葉でなければ、死者はまた生者の都合に使われるだけになる。


ノアは棺の中のアレスを見た。


白銀の棺。

花に飾られた勇者。

胸には、王国が見せたかった偽りの傷。

脇腹には、隠された本当の致命傷。


アレスは何も言わない。


けれど、彼の手紙がある。

和平文書がある。

ダリオの証言がある。

そして、これまでの死者たちの記録がある。


ノアは深く息を吸った。


「皆さん」


声が震えそうになる。


それでも、彼は前を向いた。


「今から私が話すことは、王国にとって都合のよい言葉ではありません。耳に心地よい英雄譚でもありません」


ざわめきが少し静まる。


ノアは続けた。


「ですが、これは死者の名を返すための弔辞です」


英雄管理局の職員が叫んだ。


「偽造だ! その手紙は偽物だ!」


その声に、ミレイがすかさず反応する。


「偽物だって言うなら、筆跡鑑定と印章照合を公開でやればいいじゃない!」


民衆の中にいた新聞書きたちが、手元の写しを見比べ始める。ギルド代表の一人が、和平文書の署名に目を落としていた。吟遊詩人たちは青ざめながらも、言葉を聞き漏らすまいとしている。


オルガンは、まだ動かなかった。


祭壇の正面、英雄管理局の列の中央に立ち、じっとノアを見ている。


止めようと思えば、できるはずだ。

命じれば、兵士たちはさらに強く動くだろう。


だが、彼は待っていた。


ノアが、これをどう渡すのかを。


ノアは破れた公式弔辞を拾い上げた。


「この紙には、勇者アレス様が最後の魔王を討ち、王国に平和をもたらしたと書かれていました」


彼は、その紙を民衆へ向ける。


「けれど、この弔辞には、アレス様自身の願いがありません。彼が魔王ゼルドと剣を置いたことも、和平を結ぼうとしたことも、終わらせるために戦ったことも書かれていません」


広場の奥から声が上がる。


「魔王と和平だと?」


「そんなことがあるわけない!」


「でも、勇者様の手紙が……」


疑いと混乱が広がる。


ノアは叫ばなかった。


ただ、棺に向かって一歩近づいた。


「アレス様」


その名を呼ぶと、少しだけ空気が変わった。


民衆は、葬儀の場で死者の名が呼ばれることには慣れている。怒号よりも、その名の方が彼らを静かにさせた。


「あなたは、最後の魔王を討った英雄として送られようとしていました。ですが、あなた自身は手紙にこう残しました」


ノアは手紙を開いた。


「私たちは、勝つためではなく、終わらせるために戦った」


その言葉を読み上げた瞬間、祭壇の下でダリオが膝をついた。


元アレス隊副官。

彼は顔を覆い、肩を震わせていた。


「隊長……」


ノアは続ける。


「アレス様は、勝利を望んだのではありません。魔王ゼルドもまた、滅びを望んだのではありません。二人は、互いの民をこれ以上死なせないために、剣を置こうとしました」


聖務庁の司祭が叫ぶ。


「魔王の魂に救いはない!」


その言葉に、エリシアが前へ出た。


「では、ガルディア・ノクス様は何だったのですか」


司祭が息を止める。


エリシアの声は、祈り手としての声だった。

大きくはないのに、広場に届いた。


「民を守るために結界を張り、捕らえられ、処刑され、魔王として晒されようとした方を、私は見ました。魔王と呼ばれた人にも、家族があり、名があり、帰る場所がありました」


民衆がざわめく。


魔王にも家族がある。


その当たり前の事実は、王国の物語の中では語られなかった。


ノアは頷いた。


「今日、私たちは勇者アレス様を送るために集まりました。ですが、アレス様の死は、アレス様一人の死では終わりません」


彼は台帳を開いた。


レクター葬儀社の台帳。


これまでの棺の記録が、そこにある。


「ここには、これまで私が迎えた死者の名があります。王国の物語では、英雄、聖女、裏切り者、逃亡者、身元不明者、魔王と呼ばれた人たちです」


ノアは顔を上げた。


「でも、棺を開けると、そこには役割ではなく、人がいました」


広場が、また少し静かになる。


兵士たちの動きも鈍った。


誰もが、葬儀師の次の言葉を待っている。


ノアは、最初の名を呼んだ。


「カイル・アーヴィング」


勇者カイル。


すべての始まりの棺。


「彼は、魔王の炎で死んだとされました。ですが、本当は背中から人間の刃で刺され、死後に胸を焼かれました。彼は、魔王領の子どもを守ろうとして殺されたのです」


民衆から悲鳴のような声が上がる。


「嘘だ!」


「勇者カイルが?」


「国葬で見たぞ、胸の傷を!」


ノアは静かに言った。


「その胸の傷が、死後につけられたものでした」


人々が言葉を失う。


勇者の傷さえ、物語に合わせて作られる。


その事実が、広場の空気を冷たくした。


ノアは次の名を呼んだ。


「リナ・メイベル」


エリシアが目を伏せる。


「聖女候補だった彼女は、魔王の呪いで死んだとされました。ですが、彼女の手には治癒魔法の反動傷がありました。彼女は呪いで死んだのではなく、兵士を救い続け、休ませてもらえず、命を使い果たして死にました」


エリシアが静かに続けた。


「リナは最後の日記に、こう書いていました」


彼女は震える声で言った。


「もう祈れない、と」


その一言に、聖務庁の祈り手たちの中からすすり泣きが起きた。


王国が「尊い犠牲」と呼んだ死の中に、ひとりの少女の疲れがあった。


ノアは台帳をめくる。


「アルト・ヴェイン」


エリシアが顔を上げた。


「彼は勇者パーティーを裏切った魔法使いとして処分されました。ですが、彼は裏切っていませんでした。仲間を守るために、一人で裏切り者の名を背負いました」


群衆の中で、誰かが呟く。


「アルト……あの裏切り者の?」


ノアは言う。


「彼は手紙に書いていました。自分を英雄にしないでほしい。真実を暴けば、生きている仲間が危険にさらされる、と」


ノアは一瞬、言葉を止めた。


「だから、私は今日まで彼の名誉を公にしませんでした。けれど、今は言います。彼は裏切り者ではありませんでした」


それは、アルトの願いに背くことではないのか。


胸に痛みが走る。


だが、いま王国の物語全体が開かれている。

アルトの守った者たちが、同じ嘘に飲み込まれ続けるなら、それを止めるために彼の名を呼ぶ必要がある。


「ユージン・クロフト」


次の名。


「彼は魔王の炎で焼け死んだ勇者とされました。ですが、彼は死んでいません。勇者でいることに耐えられず、逃げ、生きることを選びました」


民衆がどよめく。


死んでいない勇者。


それは、王国にとって最も都合の悪い真実の一つだった。


「私は彼の葬儀で、勇者ユージンという役割を弔いました。彼自身を死者にするためではなく、生かすために」


ノアは、自分も嘘を書いたことを隠さなかった。


「そのために、私は公式記録に嘘を書きました。私は、その痛みを忘れません。だからこそ言います。嘘で人を守ることがあっても、嘘で人を役割に閉じ込め続けてはいけない」


オルガンが、わずかに目を細めた。


それは彼への言葉でもあった。


ノアは続ける。


「セオ」


その名を聞いた時、祭壇の端でトマとミナが手を握り合っていた。


彼らも来ていた。


「彼は身元不明の孤児として裏墓地に送られるはずでした。ですが、彼の名はセオです。王立養護院、いえ、選定院で番号七三と呼ばれ、勇者候補として訓練され、試験で倒れ、記録から消されました」


トマが叫んだ。


「セオは、パンを半分くれた!」


ミナも泣きながら叫ぶ。


「番号じゃない! セオって名前だった!」


広場の空気が変わった。


子どもの声は、どんな証拠よりも鋭かった。


ノアは言った。


「勇者は、神に選ばれるだけではありません。王国によって選別され、作られてきました。選ばれなかった子どもたちは、記録から消されました」


ざわめきが広がる。


王立養護院。

勇者候補。

消された子ども。


民衆の中には、子を持つ親も多い。彼らの表情に、初めて自分ごととしての恐怖が浮かんだ。


「ガルディア・ノクス」


次の名に、広場が凍る。


魔王の名。


「彼は魔王級災厄として王国に討たれたとされました。ですが、彼は民を守る領主でした。王国軍に捕らえられ、処刑され、見世物にされようとしていました」


王国軍の将校が声を荒げる。


「魔王を擁護するのか!」


ノアは答えた。


「死者を名で呼んでいるだけです」


その言葉に、将校は一瞬詰まった。


「ルシアン・ヴェイン」


エリシアの肩が震える。


「彼は魔王領偵察中に死んだ勇者候補とされました。ですが、本当は選定院で子どもたちを逃がそうとして命令に背き、北東の廃礼拝堂で王国兵の槍に倒れました」


エリシアは一歩前へ出た。


「ルシアンは、私の兄です」


広場に、彼女の声が響いた。


「王国の記録では、兄は名誉ある死を与えられました。でも、私はそんな名誉はいりません。兄を反逆者とも、失敗した候補生とも呼ばせません」


彼女は泣きながら、それでもまっすぐ言った。


「兄は、誰かを見捨てられなかった人でした」


ノアは深く頷き、次の名を呼ぶ。


「ロアン・アルバ」


多くの人は、その名を知らない。


「初代勇者団最後の生存者。王国が最初に作った英雄であり、最初に消した証人です」


ロアンの遺言の写しが、民衆の中で回されていく。


「百年前、初代魔王は交渉相手でした。和平は成立しかけていました。ですが、王国側の者がそれを壊し、魔王という絶対悪と勇者という絶対善の物語を作りました」


広場が揺れた。


百年の物語が崩れる音だった。


そして最後に、ノアは少しだけ息を止めた。


「イザーク・レクター」


父の名。


ノアの声が、初めて明確に震えた。


「私の父です。葬儀師でした。彼は、ロアン・アルバ様の遺言を守り、死者の記録を残そうとしました。そのために、急性心不全として処理されました」


処理。


ノアはその言葉を、あえて使った。


「ですが、父は処理された記録ではありません。死者を迎え、死者を送り、名を奪われた人のために弔辞を書いた葬儀師でした」


グリムが目を伏せた。


ミレイが涙を拭った。


ノアは父の白手袋をはめた自分の手を見た。


「父は私に、復讐のために棺を開けるなと残しました。だから、私はここで誰かを殺すために話しているのではありません」


彼は民衆を見た。


「死者の名を返すために話しています」


鐘楼の鐘が、また鳴った。


今度は誰かが意図して鳴らしている。


広場の視線が鐘楼へ向かう。


その音の中で、ノアは最後にアレスの棺へ向き直った。


「アレス・グラント」


白銀の棺の中で、勇者は静かに眠っている。


「あなたを、魔王を討った勝利者としては送りません。あなたを、戦争を終わらせようとした勇者として送ります」


ノアは深く一礼した。


「あなたは、勝つためではなく、終わらせるために戦った」


その言葉が、広場に落ちた。


誰もすぐには声を出せなかった。


死者の名が、王国の役割から少しずつ剥がれ落ちていく。


英雄ではなく。

聖女ではなく。

魔王ではなく。

裏切り者ではなく。

番号ではなく。


一人ひとりの名として。

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