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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第11章 最後の勇者葬儀

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第42話 国葬の鐘が鳴る

国葬の日、王都は人で埋まった。


鐘楼広場を中心に、通りという通りに民衆が集まっている。屋根の上、窓辺、橋の欄干、あらゆる場所に人がいた。皆、白い花や紙の剣を手にし、勇者アレスの名を口にしている。


王国史上最大の国葬。


最後の魔王を討った英雄を送る日。


鐘が鳴った。


低く、長く、王都全体を震わせる鐘。


ノアは祭壇の裏で、その音を聞いていた。


白い葬儀服に黒の外套。

手には父の白手袋。

胸元には、葬儀師の小さな徽章。


目の前には、勇者アレスの棺がある。


白銀の棺は、花に囲まれていた。胸の裂傷が民衆に見えるよう、布は整えられている。公式の物語に合わせた、美しい死の演出。


ノアは棺のそばに立ち、静かに一礼した。


「お帰りなさいませ、アレス様」


これが、本当の葬儀になるかどうかは、これから決まる。


祭壇の正面には、王国の重臣、聖務庁の高位聖職者、王国軍の将校、各ギルド代表、新聞書き、吟遊詩人たちが並んでいる。


英雄管理局の職員も多い。


その中央に、オルガン・レイスがいた。


灰色の外套ではなく、正式な局長服を着ている。表情は静かだった。ノアと目が合うと、彼はわずかに頷いた。


それは合図ではない。

警告でもない。


ただ、始まるのだという確認だった。


エリシアは聖務庁の祈り手たちの列にいた。


白い聖衣。銀髪を結い、祈りの杖を持っている。表情は穏やかだった。だが、その目には確かな決意が宿っている。


グリムは祭壇下の警備協力者として紛れている。

ミレイは民衆側にいるはずだ。証拠の紙束を持って。


国葬は、予定通り始まった。


司会官が高らかに宣言する。


「これより、最後の魔王を討ち、王国に永遠の平和をもたらした勇者アレス・グラントの国葬を執り行う」


民衆が一斉に頭を下げる。


楽隊が沈痛な旋律を奏で、聖務庁の合唱隊が祈りの歌を歌う。白い花が祭壇へ捧げられ、王国軍の将校が剣を掲げる。


すべてが美しかった。


美しすぎた。


ノアは胸の奥で、これまでの棺を思い出していた。


背中から死んでいたカイル。

もう祈れないと書いたリナ。

棺の底に手紙を残したアルト。

死ななかったユージン。

番号七三だったセオ。

魔王と呼ばれたガルディア。

空の棺で迎えたルシアン。

沈黙を悔いたロアン。

薬針で処理された父。


彼らも、王国が望めば美しくできただろう。


でも、美しい嘘は、死者の痛みを消してしまう。


式次第が進み、聖務庁の祈りの番になった。


司祭がエリシアへ視線を向ける。


「祈り手、エリシア・ヴェイン」


民衆の前へ、エリシアが進み出る。


聖務庁が用意した祈祷文が手渡された。

彼女はそれを受け取る。


一瞬、ノアと目が合った。


エリシアは小さく頷いた。


そして、祈祷文を開いた。


「神よ。勇者アレス・グラントの魂を、光の道へお導きください」


定型文。


民衆が頭を垂れる。


「彼は最後の魔王を討ち、王国に平和を」


そこで、エリシアの声が止まった。


司祭が眉をひそめる。


オルガンが静かに彼女を見る。


エリシアは祈祷文を下ろした。


「私は、この祈りを読めません」


広場がざわめいた。


聖務庁の司祭が低く言う。


「エリシア」


彼女は振り返らなかった。


「死者の魂を送る祈りは、死者の望まなかった嘘を飾るためのものではありません」


民衆のざわめきが大きくなる。


エリシアは祈祷文を畳み、自分の紙を取り出した。


「勇者アレス様。あなたが何を望み、何のために剣を置いたのか、私たちはこれから知ろうとしています。どうか、あなたの言葉が届くように。どうか、死者の沈黙が、嘘で塞がれませんように」


司祭が制止しようと前へ出た。


その瞬間、グリムが祭壇下で動いた。


司祭の進路を遮るように、何人かの冒険者たちが立つ。


王国軍の兵士がざわめく。


式は乱れた。


そして、ノアの番が来た。


予定より早い。

だが、もう戻れない。


司会官が混乱しながらも、式次第を進めようとする。


「葬儀師による弔辞を」


ノアは祭壇の中央へ進んだ。


手には、英雄管理局が用意した弔辞。


勇者アレス・グラント。

最後の魔王を討ちし英雄。

王国の光。


ノアは紙を開いた。


広場中の視線が集まる。


オルガンがこちらを見ている。


ノアは息を吸った。


最初の一文を読めば、王国の物語は完成する。


だが、彼は違う言葉を選んだ。


「勇者アレス・グラントは」


声が広場に響いた。


「最後の魔王を討って死んだのではありません」


一瞬、世界が止まった。


風すら止まったようだった。


次の瞬間、広場が爆発したようにざわめいた。


「何だと?」


「どういうことだ!」


「葬儀師が何を言っている!」


王国軍が動く。

英雄管理局の職員が祭壇へ向かう。

聖務庁の司祭が叫ぶ。


だが、ノアは止まらなかった。


「勇者アレスは、最後の魔王ゼルド・ハイムと和平を結ぼうとしていました」


彼は懐から、アレスの手紙を取り出した。


「これは、アレス様自身が残した手紙です」


祭壇下で、ミレイが動いた。


複写された手紙と記録が、新聞書き、ギルド代表、吟遊詩人たちの手に渡されていく。人々がそれを読み、周囲へ回す。


ざわめきが別の色へ変わる。


疑い。

困惑。

恐怖。

怒り。


ノアは続けた。


「アレス様は魔王を討ったのではなく、剣を置きました。魔王ゼルドもまた、剣を置きました。二人は和平の証人となろうとしていた」


王国軍の兵士が祭壇へ駆け上がる。


グリムが立ちはだかる。


金属音が響いた。


エリシアが祈りの杖を掲げ、兵士たちの足元に淡い結界を張る。長くは持たない。だが、数秒でいい。


ノアはアレスの手紙を広げる。


そして、勇者自身の言葉を読んだ。


「私は魔王を討たなかった。私は、彼と握手した」


広場が静まり返った。


その一文は、どんな説明よりも強かった。


勇者と魔王が握手した。


百年続いた王国の物語が、その一文で軋んだ。


ノアは顔を上げる。


「そして、その和平は王国側の者によって壊されました。アレス様の致命傷は、魔王の爪ではありません。脇腹に残された、人間の刃による刺し傷です」


「黙らせろ!」


王国軍の将校が叫ぶ。


その声に重なるように、別の声が上がった。


「俺が見た!」


祭壇下に、ダリオ・クレインが立っていた。


元アレス隊副官。

彼は震えながらも、民衆へ向かって叫んだ。


「俺は、アレス隊で最後に生き残った者だ! 隊長は魔王と和平を結ぼうとしていた! 刺したのは魔王じゃない、王国側の兵だ!」


群衆が揺れる。


英雄管理局の職員がダリオを捕らえようとする。ミレイが煙瓶を投げ、白い煙が広がる。


ノアは、その混乱の中で弔辞を握りしめた。


公式弔辞は、手の中でしわになっている。


これを読むために、彼はここに立ったのではない。


彼は、破った。


王国が用意した弔辞を。


紙が裂ける音が、なぜか広場に大きく響いた。


ノアは破れた紙を足元に落とし、アレスの棺に向かって一礼した。


「アレス様。あなたを、嘘の勝利者としては送りません」


そして、民衆へ向き直る。


「これは、勇者アレス一人の話ではありません」


鐘楼の鐘が、再び鳴った。


予定にない鐘だった。


誰が鳴らしたのか分からない。


だが、その音は王都全体に広がった。


最後の勇者葬儀は、王国が望んだ形では終わらない。


ここから、死者たちの名前が呼ばれる。

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