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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第12章 死者の名を呼ぶ

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第46話 すべての死者のための葬儀社

国葬から一月が過ぎた。


王都は、以前と同じようで、以前とは違っていた。


鐘楼広場には、勇者アレスの巨大な英雄像は建てられなかった。

代わりに、仮の記録板が置かれた。


アレス・グラント。

ゼルド・ハイム。

和平交渉調査中。


その横には、英雄管理局、聖務庁、王国軍、各ギルド、民間記録官による合同調査委員会の設置が告知されている。


もちろん、すべてが順調に進んだわけではない。


英雄管理局内の強硬派は、証拠の一部を偽造だと主張した。王国軍の将校たちは、魔王領との和平記録を否定した。聖務庁の高位司祭の一部は、エリシアを背信者と呼んだ。


だが、記録はすでに広がっていた。


新聞書きたちが動いた。

吟遊詩人たちが歌った。

ギルド代表たちが調査を求めた。

そして何より、民衆が自分たちの死者の名を持ち寄り始めた。


「うちの息子の記録を調べてください」

「聖女候補だった姉の本当の死因を知りたい」

「勇者候補として連れていかれた弟が、どこへ行ったのか」


レクター葬儀社の前には、毎日のように人が訪れた。


葬儀の依頼だけではない。


名前を探すため。

死因を確かめるため。

消された記録を取り戻すため。


葬儀社は、以前よりずっと忙しくなった。


ノアは作業室で、新しい台帳を開いていた。


表紙には、父の字を真似てこう書いた。


再調査葬儀記録。

死者の名を返すための帳。


ミレイは隣で、遺体所見の整理をしている。


「これ、葬儀社の仕事量じゃないよね。半分、記録局だよね」


「そうですね」


「給料上げて」


「検討します」


「今すぐ」


ノアが少し笑うと、ミレイは満足そうに鼻を鳴らした。


グリムは外で、新しい看板を取り付けていた。


長年掲げられていた看板。


レクター葬儀社。

勇者葬儀、承ります。


その下の小さな文字が、今日から変わる。


ノアは外へ出た。


通りには、エリシアも来ていた。


彼女はもう聖務庁の正式な聖女見習い服を着ていない。白ではなく、淡い灰色の外套。胸には小さな祈りの徽章だけを残している。


聖務庁を完全に離れたわけではない。


若い祈り手たちとともに、死者と遺族のための独立した祈りの会を始めたのだ。聖務庁内では反発も大きいが、彼女の祈りを求める人は増えている。


「看板、変えるのですね」


エリシアが言った。


「はい」


グリムが最後の釘を打つ。


新しい看板が、朝の光に照らされた。


レクター葬儀社。

すべての死者のための葬儀社。


ノアはその文字を見上げた。


勇者だけではない。

聖女だけではない。

英雄だけではない。

魔王と呼ばれた者も、裏切り者とされた者も、番号で呼ばれた子どもも、名もなき旅人も。


すべての死者のために。


「お父様も、喜ばれると思います」


エリシアが静かに言った。


ノアは少し考えて、首を振った。


「怒るかもしれません」


「なぜですか」


「看板代が高かったので」


エリシアは一瞬驚き、それから小さく笑った。


ノアも少しだけ笑った。


笑える日が来るとは思わなかった。


父の死を許したわけではない。

英雄管理局の罪が消えたわけでもない。

王国が一夜で正しくなったわけでもない。


だが、笑うことも、弔いの一部なのかもしれない。


その時、通りの向こうから灰色の外套の男が歩いてきた。


オルガン・レイス。


彼は以前のような局長服ではなく、簡素な外套を着ていた。英雄管理局長の職は、国葬後の混乱の中で一時停止となった。正式な裁きはまだ先だが、少なくとも以前のような権限はない。


グリムが警戒する。


ミレイが露骨に嫌な顔をする。


エリシアも表情を硬くした。


ノアは一歩前へ出た。


「何のご用ですか」


オルガンは新しい看板を見上げた。


「よい看板だ」


「ありがとうございます」


「イザークなら、文句を言うだろうな」


「看板代のことでしょうか」


オルガンはほんのわずかに口元を緩めた。


「おそらく」


それは、初めて見る彼の人間らしい表情だった。


だが、ノアは気を許さなかった。


オルガンは懐から一通の封筒を取り出した。


「約束のものだ」


ノアは受け取る。


封筒の中には、一枚の記録が入っていた。


イザーク・レクター。

実死因、薬針による心停止。

処理決定、英雄管理局強硬派会議。

処理理由、初代勇者団証言記録の拡散阻止。

備考、局長オルガン・レイス、即時処理に反対。監視継続を提案するも却下。


ノアは記録を見つめた。


父の本当の死因。


ようやく、手の中に来た。


感情はすぐには湧かなかった。

怒りも、悲しみも、安堵も、全部が静かに沈んでいる。


「なぜ今」


「君が、それを刃としてではなく記録として受け取れると思った」


オルガンは言った。


ノアは封筒を胸に抱えた。


「許したわけではありません」


「許されるとも思っていない」


「あなたのしたことは、消えません」


「知っている」


「これから、あなた自身も記録されます」


「そのために来た」


オルガンは静かに言った。


「私が知る範囲の英雄管理局記録を、証言する」


その言葉に、全員が息を呑んだ。


「なぜ」


エリシアが尋ねる。


オルガンは彼女を見た。


「国葬の日、私は理解した。私が守ろうとした国は、死者の名を踏んだままでは立っていられない」


彼は少しだけ目を伏せた。


「私は長く、死者の真実より生者の秩序を選んできた。だが、秩序のために死者を消し続ければ、生者もいつか自分の死を信じられなくなる」


ノアは黙って聞いていた。


「私は償えるとは思わない。だが、記録することはできる」


それは、謝罪ではなかった。


だが、始まりではあった。


ノアは頷いた。


「では、中へ」


ミレイが小声で言う。


「入れるの?」


「記録を取るためです」


「毒とか盛らない?」


「盛りません」


「ちぇっ」


オルガンはそれを聞いて、少しだけ眉を上げたが、何も言わなかった。


その日、レクター葬儀社の新しい台帳に、オルガンの証言記録が始まった。


勇者制度の分類。

魔王指定の手順。

聖務庁との連携。

王国軍強硬派の関与。

イザーク殺害の決定。

ロアンの棺。

アレス和平交渉の隠蔽。


すべてが一日で終わるはずもない。


何日も、何週間も、何か月もかかるだろう。


その間にも、葬儀はある。


死者は待ってくれない。


夕方、最初の新しい依頼が来た。


馬車ではなかった。

王国の使者でも、英雄管理局でも、聖務庁でもない。


一人の旅人が、小さな棺を背負ってやって来た。


服は泥だらけで、顔は疲れ切っている。棺には名前がなかった。


「すみません」


旅人はかすれた声で言った。


「この人を、葬ってもらえますか。名前は……分かりません。道で倒れていて、でも、放っておけなくて」


ノアは棺を見た。


名もなき死者。


物語を揺るがす英雄でもない。

王国の陰謀を握る証人でもない。

大きな役割を背負った誰かでもない。


ただ、道で倒れていた一人の死者。


ノアは深く頭を下げた。


「お預かりします」


旅人はほっとしたように棺を下ろした。


ノアは作業室へ案内する。


白い布を敷き、棺を置く。

父の白手袋をはめる。

台帳を開く。


名前の欄は空白。


だが、それでいい。

これから探せばいい。

見つからなくても、名がなかったのではなく、まだ分からないだけだと記録すればいい。


ノアは棺の前に立った。


エリシアがそばで祈りの準備をする。

ミレイが道具を整える。

グリムが静かに扉を閉める。


オルガンは少し離れた場所で、その様子を見ていた。


ノアは棺に向かって深く一礼する。


「お帰りなさいませ」


それは、いつもの言葉だった。


勇者にも、聖女にも、魔王にも、名もなき旅人にも、同じようにかける言葉。


死者を迎えるための言葉。


そして今、この葬儀社の新しい始まりの言葉でもあった。


ノアは続けた。


「ここは、すべての死者のための葬儀社です」


窓の外で、夕方の鐘が鳴る。


その音はもう、王国の物語を告げる鐘ではなかった。


誰かの帰りを知らせる鐘だった。

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