表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第11章 最後の勇者葬儀

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/46

第40話 和平を望んだ勇者

勇者アレスの遺品は、厳重に管理されていた。


聖剣。

破れた外套。

魔王の爪痕がついたとされる胸当て。

血のついた手袋。

最後の戦場で回収された黒い布片。


英雄管理局は、それらを国葬で展示する予定だった。


民衆に、勇者がいかに壮絶に戦ったかを見せるために。


だがノアが注目したのは、展示予定のないものだった。


小さな封筒。


アレスの棺の内側、枕の下に隠されていた。誰かが故意に置いたものだ。封筒には、勇者アレスの印章が押されている。


ノアは安置室を出た後、エリシアたちと合流し、レクター葬儀社で封を開けた。


中には、一通の手紙があった。


宛名はない。


もしこの手紙が葬儀師の手に届いたなら、私は王国の望む形で死んだのだろう。


ノアは息を呑んだ。


アレスは、自分が死後に物語へ変えられることを予想していた。


手紙は続く。


私は最後の魔王を討っていない。

彼の名は、ゼルド・ハイム。

王国が魔王と呼ぶには、あまりに疲れた男だった。


我々は戦場で剣を交えた。

だが、二度目に会った時、彼は剣を置いた。

私も剣を置いた。


互いの民が疲れ果てていることを、私たちは知っていた。

王国も魔王領も、もう勝利では救われない。

終わらせるには、どちらかが倒れるのではなく、どちらも剣を置く必要があった。


エリシアが手を胸に当てた。


「アレス様は、本当に和平を」


ノアは読み続ける。


和平案は成立しかけていた。

魔王領は鉱脈の一部を共同管理とし、王国は遠征軍を撤退させる。

捕虜を交換し、境界の村を再建する。

勇者と魔王は、互いを討たない証人となる。


だが、その和平は王国の一部に拒まれた。


王国軍強硬派。

英雄管理局内の強硬派。

聖務庁の一部。

戦争を必要とする者たち。


私の死後、おそらく私は魔王を討った英雄にされる。

ゼルドは最後の魔王として記録される。

和平の記録は消される。


だから、ここに書く。


私は魔王を討たなかった。

私は、彼と握手した。


その一文に、作業室の全員が黙った。


勇者と魔王が握手した。


王国が最も隠したい光景だろう。


ノアは最後まで読んだ。


私を英雄として弔わないでほしい。

ゼルドを怪物として葬らないでほしい。

もし弔辞を読む者がいるなら、こう伝えてほしい。


私たちは、勝つためではなく、終わらせるために戦った。


そして、終わらせる直前に殺された。


エリシアの瞳に涙が浮かんでいた。


「兄と同じです」


「はい」


ノアは静かに言った。


ルシアンは子どもたちを逃がそうとして殺された。

ガルディアは民を守ろうとして魔王にされた。

アレスは和平を結ぼうとして英雄にされた。


王国は、戦いを終わらせようとする者を許さない。


ミレイが拳を握る。


「この手紙、国葬で読めば終わりじゃない?」


グリムが首を振った。


「簡単すぎる。偽造だと言われる」


「でも印章がある」


「英雄管理局は、印章ごと偽物にできる」


ノアも頷いた。


「遺体の傷、手紙、地下記録庫の写し、ロアン様の遺言。すべてをつなげる必要があります」


エリシアが言った。


「聖務庁側の証言も必要です」


「ありますか」


「勇者アレスの国葬で、私は祈り手の一人です。国葬用の祈祷文には、おそらく『魔王を討った』という文言が入っています。私は、それを読まない」


「危険です」


「分かっています」


エリシアは静かに続けた。


「リナの時、私は祈りの言葉を変えました。ルシアンの時、私は妹として祈りました。今度は、聖務庁の祈りそのものを止めます」


その声には、迷いがなかった。


ミレイは手紙を写しながら言った。


「じゃあ役割分担だね。ノアは弔辞。エリシアは祈り。グリムは暴れてくる兵を止める。私は証拠をばらまく」


「ばらまく?」


「複写した記録を、国葬の場にいる記録官や新聞書き、吟遊詩人、各ギルド代表に渡す。全部は読めなくても、同じ記録が複数の手に渡れば、英雄管理局も消しきれない」


ノアは少し驚いた。


「考えていたのですか」


「そりゃ考えるよ。私だって、死体ばっかり見てるだけじゃないし」


ミレイは照れ隠しのように顔を背けた。


グリムが言った。


「俺は祭壇の近くに立つ。止めに来る兵を抑える。ただし長くは無理だ」


「長くは必要ありません」


ノアは答えた。


「最初の一文を変えれば、葬儀は止まります」


「その後、殺されるけどね」


ミレイが言う。


「だから、止まった後に民衆が聞き続ける理由が必要です」


エリシアはアレスの手紙を見た。


「勇者アレス自身の言葉」


「はい」


ノアは頷いた。


「国葬は、王国が勇者アレスを物語に変える場です。そこでアレス様自身の言葉を出せば、少なくとも人々は耳を傾ける」


その時、作業室の扉が叩かれた。


全員が身構える。


グリムが扉に近づき、静かに開けた。


そこに立っていたのは、見知らぬ男だった。


傷だらけの顔。片腕に包帯。王国軍の古い外套。年は四十前後だろうか。


「レクター葬儀社か」


「どちら様ですか」


ノアが尋ねると、男は深く頭を下げた。


「元王国軍、アレス隊副官。ダリオ・クレイン」


ノアたちは顔を見合わせた。


「勇者アレス様の?」


「ああ」


ダリオは懐から小さな包みを取り出した。


「俺は、アレス隊で最後に生き残った一人だ。国葬の前に、これを渡したかった」


包みの中には、血のついた白い布があった。


そこには、二つの署名がある。


アレス・グラント。

ゼルド・ハイム。


和平文書だった。


ダリオは言った。


「俺は見た。勇者と魔王が、同じ机についたところを。握手したところを。そして、その夜、王国側の兵がアレスを刺したところを」


ノアは息を止めた。


証人が現れた。


ダリオは続けた。


「俺は逃げた。怖かった。隊の仲間も殺された。だが、国葬でアレス隊の名が美談に使われると聞いて、もう黙っていられなかった」


彼はノアを見た。


「葬儀師。アレス隊長を、嘘の英雄にしないでくれ」


ノアは深く頭を下げた。


「お預かりします」


これで、必要なものが揃いつつあった。


遺体の傷。

アレスの手紙。

和平文書。

副官の証言。

英雄管理局の制度記録。

ロアンの遺言。


国葬は、王国の最後の嘘になる。


そして同時に、死者の名を呼ぶ最初の場になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ