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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第11章 最後の勇者葬儀

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第39話 勇者アレスの国葬

王都は、白い布で覆われていた。


通りの窓には弔旗が垂れ、広場の柱には勇者の紋章が掲げられている。商人たちは店先に花を置き、子どもたちは紙で作った白い剣を手にしていた。


誰もが、同じ名を口にする。


勇者アレス。


最後の魔王を討った英雄。

百年続いた災厄の時代に終わりを告げた者。

王国史上最大の勇者。


その国葬が、三日後に行われる。


鐘楼広場には、すでに巨大な祭壇が組まれていた。勇者カイルの国葬とは比べものにならない規模だった。祭壇の中央には、白銀の棺を置くための台座があり、その周囲を聖務庁の祈り手、王国軍の衛兵、英雄管理局の職員たちが行き交っている。


国葬というより、王国そのものの舞台だった。


ノアは群衆に紛れて、その祭壇を見上げていた。


隣にはエリシア。少し離れてグリムとミレイ。四人はそれぞれ別々に動き、できる限り目立たないようにしている。


「大きすぎますね」


エリシアが小さく言った。


「はい」


ノアは頷いた。


大きな葬儀ほど、死者の顔が見えにくくなる。


勇者アレスという名は、王都中に響いている。けれど、その名の下に眠る一人の人間がどんな顔をしていたのか、誰も語らない。


語られるのは、功績ばかりだった。


最後の魔王を討った。

魔王領の脅威を終わらせた。

王国に平和をもたらした。

人類の希望となった。


美しすぎる物語。


だからこそ、ノアは疑っていた。


王国がこれほど美しく整えた死に、嘘がないはずがない。


「アレス様の遺体はどこに」


ノアが尋ねると、エリシアは視線を祭壇の奥へ向けた。


「英雄管理局の一時安置室です。国葬前夜に、鐘楼広場へ移されます」


「確認できる機会は」


「通常ならありません。ですが、葬儀準備に携わる葬儀師としてなら、接触できる可能性があります」


「僕は、もう英雄管理局に警戒されています」


「それでも、アレス様ほどの国葬では、王都中の葬儀師が協力に呼ばれます。レクター葬儀社にも、正式な依頼が来るはずです」


その言葉通り、翌朝、レクター葬儀社に灰色の封筒が届いた。


英雄管理局からの正式依頼。


勇者アレス・グラント国葬に関する補助業務。

遺体保全確認、棺内布の調整、弔辞補助、葬儀当日の進行支援。

レクター葬儀社、ノア・レクターを担当補助葬儀師として任命する。


ミレイは封筒を見て、露骨に顔をしかめた。


「罠じゃん」


「罠ですね」


ノアは認めた。


「でも、断れば遺体に近づけません」


グリムが腕を組む。


「向こうは、お前を舞台に上げるつもりだ」


「監視しやすいからですか」


「それもある。だが、オルガンはお前を試している」


エリシアは封筒を見つめていた。


「私にも、聖務庁から通達が来ました。祈り手の一人として、国葬に参加せよと」


「あなたは拘束対象では」


「正式な処分はまだ下っていません。国葬前に聖務庁内の問題を表沙汰にしたくないのでしょう。最後の大舞台で、私は王国の祈りを読む役に戻されるようです」


「それも罠だね」


ミレイが呟く。


エリシアは頷いた。


「はい。でも、私も祭壇に立てます」


ノアは彼女を見る。


王国は二人を舞台に上げようとしている。


ノアを葬儀師として。

エリシアを祈り手として。


それは監視のためでもあり、王国の物語に再び組み込むためでもあるのだろう。


死者の真実を知った二人を、最後の勇者国葬という最も大きな嘘の中に立たせる。


屈服させるには、それ以上ない場所だ。


「受けます」


ノアが言うと、全員が黙った。


「アレス様の死因を確かめるには、それしかありません」


グリムは深く息を吐いた。


「なら、俺たちは外から動く。退路を作る」


ミレイも頷く。


「私は証拠の写しを複数作る。国葬で何かあった時、全部消されないように」


エリシアは静かに言った。


「私は、祈りの場に立ちます」


ノアは頷いた。


「そして、アレス様の棺を開けます」


その日の夕方、ノアは英雄管理局の一時安置室へ向かった。


案内したのは、灰色の制服を着た若い局員だった。彼は終始無言だった。廊下の先、厳重な扉の前に立つと、短く言った。


「余計な確認はしないでください」


ノアはその言葉に、少しだけ笑いそうになった。


どの棺でも、同じことを言われる。


余計な確認。


葬儀師にとって、死者を確かめることは余計ではない。


扉が開く。


白い冷気が流れ出した。


部屋の中央に、勇者アレスの棺が置かれていた。


白銀の棺。

王国の紋章。

聖剣を模した装飾。

すでに花と布で美しく整えられている。


ノアは棺の前に立ち、一礼した。


「お帰りなさいませ、アレス様」


棺の蓋を開ける。


そこに眠っていたのは、三十代半ばほどの男だった。


短い黒髪。精悍な顔立ち。額には古い傷。閉じられた瞼は静かだが、口元には疲労の影が残っている。


王国が語る無敵の勇者というより、長く戦い続けた一人の兵士に見えた。


胸元には、公式記録通りの致命傷があった。


魔王の爪による胸部裂傷。

最後の魔王との一騎打ちで受けた傷。

その傷を負いながらも魔王を討ち、力尽きた。


そう記録されている。


だが、ノアはすぐに違和感を覚えた。


傷が浅い。


胸の裂傷は派手だった。衣服も破れ、血の跡も残されている。民衆に見せれば、壮絶な戦いを想像させるだろう。


だが、心臓には届いていない。


少なくとも、この傷だけで即死したとは思えなかった。


ノアは静かに体の向きを確認する。


背中、首筋、手首、腹部。


そして見つけた。


左脇腹に、小さな刺し傷。


服の縫い目に隠れる位置。

刃は細い。

角度は下から上へ。

毒が使われた可能性もある。


ノアの胸が冷えた。


勇者アレスは、魔王の爪で死んだのではない。


誰かに近距離から刺された。


おそらく、人間に。


その時、背後から声がした。


「見つけたか」


振り返ると、オルガンが扉の前に立っていた。


ノアは白手袋を外さず、静かに言った。


「アレス様の本当の致命傷は、胸ではありません」


「そうだ」


「あなたは知っていた」


「もちろん」


オルガンは棺のそばへ歩いてきた。


「勇者アレスは、最後の魔王を討って死んだのではない」


ノアは息を止める。


「では、何があったのですか」


オルガンは棺の中のアレスを見下ろした。


「彼は、最後の魔王と和平を結ぼうとした」


部屋の冷気が、さらに深くなった気がした。


勇者アレス。


最後の魔王を討った英雄。


その実像は、魔王と和平を結ぼうとした男だった。


「だから殺されたのですか」


ノアが問うと、オルガンは答えた。


「だから殺された」


その声に、感情はほとんどなかった。


けれど、完全な無感情でもなかった。


「誰が」


「王国軍の強硬派だ。和平が成立すれば、魔王領遠征の正当性が失われる。魔力鉱脈の支配も、軍予算も、英雄制度の次の展開も、すべて変わる」


「あなたは、止めなかったのですか」


オルガンはしばらく黙った。


「止められなかった」


父の時と同じ言葉だった。


ノアの胸に怒りが戻る。


「あなたはいつも、止められなかったと言う」


「事実だ」


「そして、その後で死者を整える」


「それも事実だ」


オルガンは棺に手を置いた。


「アレスの死は、すでに国の物語に組み込まれた。最後の魔王を討った勇者。国葬でそれを完成させれば、民衆は平和を信じる」


「嘘の平和です」


「平和は、時に嘘の上でも始められる」


ノアはアレスの脇腹の傷を見た。


「アレス様は、それを望んだのですか」


オルガンは答えなかった。


沈黙。


それが答えだった。


勇者アレスは望んでいない。


彼は魔王を討つのではなく、戦争を終わらせようとした。

その意思を、王国は殺し、逆の物語に変えようとしている。


ノアは棺に深く一礼した。


「この葬儀は、最後の嘘になります」


オルガンはノアを見た。


「君がそうするつもりなら、私は止める」


「分かっています」


「国葬の場で真実を語れば、戻れない」


「棺は、もう開いています」


オルガンは何も言わなかった。


ただ、棺の中のアレスを見つめていた。


その顔は、局長ではなく、一人の疲れた男のようにも見えた。

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