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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第10章 英雄管理局の正体

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第38話 嘘で守った国に死者は帰れない

旧慰霊堂を出ると、夜風が冷たかった。


ノアはしばらく、鐘楼広場の端に立っていた。遠くでは王都の灯りが揺れている。人々はいつも通り暮らしている。パンを焼く者、酒場で笑う者、家路を急ぐ者。


彼らの多くは知らない。


勇者がどう作られたのか。

聖女の祈りがどう使われたのか。

魔王という名がどう与えられたのか。

死者の記録がどれほど書き換えられてきたのか。


知らないからこそ、穏やかに眠れる夜もある。


オルガンの言葉は、完全な嘘ではなかった。


真実は人を救うだけではない。

傷つける。

混乱させる。

憎しみを呼ぶこともある。


それでも。


ノアは思う。


嘘で守られた眠りは、いつか必ず死者の声で破れる。


レクター葬儀社へ戻ると、エリシアたちが待っていた。


ミレイは開口一番に言った。


「生きてる! よかった! で、罠だった?」


「取引でした」


「もっと嫌なやつじゃん」


ノアは、オルガンの条件を説明した。


父の名誉回復。

レクター葬儀社の公認化。

ルシアンとセオの限定的な記録修正。

その代わり、ロアンの遺言と地下記録庫の証拠を公表しないこと。


聞き終えたエリシアは、しばらく黙っていた。


「兄の名が戻ると言われたら、私は揺らいだと思います」


「僕も揺らぎました」


「でも、兄はまた嘘の形で戻されるのですね」


「はい」


エリシアは兄のペンダントを握った。


「なら、拒んでくださってよかった」


ミレイは腕を組む。


「でも、これで完全に敵だね」


グリムが言う。


「次に向こうが動くなら、証拠を消すか、こちらを消すかだ」


「その前に、私たちがどう動くか決める必要があります」


エリシアが言った。


ノアは台帳を開いた。


机の上には、持ち出した記録が並んでいる。


ロアンの遺言。

勇者制度設計案。

英雄管理局基本綱領。

勇者死亡処理分類。

聖女制度連携記録。

魔王指定効果測定。

ルシアンの消去記録。

セオたち候補生の処理記録。

父イザークの処理番号。


一つひとつは断片だ。

だが、つなげれば王国の物語を揺るがす。


「公表の場が必要です」


ノアは言った。


「誰も無視できない場。勇者、聖女、王国軍、英雄管理局、民衆が集まる場」


「そんな都合のいい場所ある?」


ミレイが言う。


その時、エリシアが顔を上げた。


「あります」


「どこですか」


「勇者アレスの国葬です」


ノアは息を止めた。


勇者アレス。


現代最大の勇者。

最後の魔王を討ったとされる英雄。

数日前から、王都では彼の国葬準備が進んでいる。


公式には、アレスは最後の魔王を倒し、世界に平和をもたらしたとされている。王国中の民が集まる大規模な国葬になるはずだった。


「次の葬儀……」


ノアは呟いた。


「そこなら、すべての目が集まります」


エリシアは頷く。


「聖務庁の祈り手も、王国軍も、英雄管理局も、民衆も。私も、まだ正式には除名されていません。祈りの場に立てる可能性があります」


グリムが眉をひそめる。


「危険すぎる」


「はい」


ミレイも首を振る。


「国葬で暴露なんて、普通に処刑案件だよ」


ノアは黙っていた。


勇者アレスの国葬。


そこは、王国が用意する最大の物語の舞台だ。

最後の魔王を討った勇者。

終わったはずの戦争。

王国の勝利。

民衆の希望。


もし、その場で真実を語れば。


届く。


だが、同時に最も危険だ。


「まず、アレス様の本当の死因を確かめる必要があります」


ノアは言った。


「公式記録だけでは動けません。彼が本当に最後の魔王を討ったのか。どう死んだのか。国葬で何が語られようとしているのか」


「また棺を開けるんだね」


ミレイが言う。


「はい」


ノアは静かに答えた。


「葬儀師ですから」


グリムが小さく息を吐いた。


「最後の勇者葬儀か」


その言葉に、作業室の空気が変わった。


最後の勇者葬儀。


それは、この物語の終わりへ向かう扉のように響いた。


その夜、ノアは英雄管理局の記録を台帳にまとめた。


英雄管理局。

表向き、勇者・聖女・英雄事象の記録管理機関。

実際、王国が必要とする英雄譚を設計し、死者の死因・弔辞・評判・民衆反応を管理する機関。


目的。

魔王という外敵を設定し、民衆の恐怖を誘導すること。

勇者という希望を作り、王国への忠誠を維持すること。

聖女の祈りによって犠牲を神聖化すること。

都合の悪い死者を、分類・補正・消去すること。


関連死者。

カイル、リナ、アルト、ユージン、セオ、ガルディア、ルシアン、ロアン、イザーク。


ノアは最後の一文を書く。


嘘で守った国に、死者は帰れない。


その言葉を書いた時、胸の奥に小さな痛みが走った。


それは、オルガンへの反論であると同時に、自分自身への戒めでもあった。


ユージンを守るためについた嘘。

ガルディアの遺体を隠すための嘘。

アルトの名誉を公にしなかった沈黙。


自分もまた、嘘と無縁ではない。


だからこそ、次の葬儀では、嘘の使い方ではなく、真実の渡し方を考えなければならない。


ノアは台帳を閉じた。


作業室の灯りが、静かに揺れている。


父の白手袋。

ロアンの遺言。

ルシアンの空の棺。

英雄管理局の記録。


すべてが、次の棺へ向かっていた。


勇者アレス。


最後の魔王を討った英雄。


もし彼の死にも嘘があるなら。


その棺を開けることは、王国の物語そのものを開けることになる。


ノアは窓の外を見た。


遠くで、鐘楼の鐘が鳴る。


その音は、もうただ時を告げるものではなかった。


国葬の日が近づいている。


死者の名を取り戻すための、最後の舞台が。

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