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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第1章 勇者は背中から死んでいた

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第4話 弔うべきは、嘘ではない

聖騎士団副団長ベイル・ラドナーは、葬儀社へ来なかった。


ノアが葬儀準備の確認という名目で面会を求めても、返事は「多忙につき不可」。代わりに届いたのは、英雄管理局を通した定型文だった。


勇者カイルは魔王の炎に倒れた。

聖騎士団はその勇気を深く讃える。

葬儀では王国の用意した弔辞を尊重する。


それだけだった。


だが、沈黙もまた証言になる。


ノアは、カイルの装備品を確認した。剣帯、破れた外套、焦げ跡のある胸当て、泥のついた靴。


その中に、一つだけ奇妙なものがあった。


小さな木彫りの人形。


子どもが作ったような粗い作りで、羽のある獣をかたどっている。勇者の持ち物にしては不釣り合いだった。


「魔王領の子どもが作る守り人形です」


それを見たエリシアが言った。


「知っているのですか」


「聖務庁の資料で見たことがあります。魔王領では、子どもが旅人に渡すそうです。帰ってきてほしい相手に」


ノアは人形を手のひらに載せた。


カイルは、魔王領で誰かにこれを渡された。


魔王を討つために向かった勇者が、魔王領の子どもから、帰還を願う人形を受け取った。


「彼は、何を見たのでしょうね」


エリシアの声は沈んでいた。


調査は断片ばかりだった。


だが、断片は少しずつ形を結ぶ。


カイルは魔王領で、王国が語る「邪悪な魔物」だけを見たのではない。そこに暮らす子どもたちを見た。怯え、逃げ、家族を失う者たちを見た。


そして、何かをしようとした。


命令と違う何かを。


聖騎士団の布切れ。

背中の刺し傷。

死後につけられた胸の火傷。

魔王領の子どもが渡した守り人形。


カイルは、敵を守ろうとしたのではないか。


魔王領の子どもたちを逃がそうとして、味方に背中を刺されたのではないか。


ノアには、証明しきれなかった。


聖騎士団は口を閉ざし、英雄管理局は通達を出し、王国は国葬の準備を進めている。葬儀師一人が掴んだ証拠だけでは、王国の物語を覆すには足りない。


それでも。


棺の中のカイルには、嘘を被せたまま眠らせることはできなかった。


国葬の日、王都の鐘楼広場は人で埋まっていた。


雨は上がったが、空はまだ重い雲に覆われている。広場の中央には白い祭壇が組まれ、その上に勇者カイルの棺が置かれた。


棺の胸元には、英雄管理局の指示通り、焦げ跡が見えるよう布が整えられていた。


民衆はそれを見て囁く。


「あれが魔王の炎か」


「なんて痛ましい」


「勇者様は、正面から魔王に立ち向かわれたんだ」


ノアは棺の傍らに立っていた。


手には、英雄管理局が用意した弔辞。


そこには、完璧な英雄の物語が書かれていた。


勇者カイルは恐れを知らなかった。

彼は魔王を前に一歩も引かなかった。

彼は仲間を逃がすため、胸に炎を受けた。

その死は王国の誇りであり、永遠に語り継がれる。


ノアは、紙を見つめた。


恐れを知らなかった。


違う。


エリシアは言っていた。カイルは怖いと言っていた。


一歩も引かなかった。


本当にそうだろうか。


彼はもしかすると、命令からは引いたのかもしれない。王国が倒せと言った相手を、守ろうとしたのかもしれない。


胸に炎を受けた。


違う。


火傷は死後につけられた。


王国の誇り。


では、カイル自身の心はどこにある。


祭壇の横には、エリシアが立っていた。白い聖衣をまとい、祈りの準備をしている。彼女の顔は緊張で強張っていたが、視線はまっすぐノアに向けられていた。


その少し後ろに、英雄管理局の局長オルガン・レイスがいた。


初めて見る男だった。


灰色の髪を後ろで束ね、静かな目をしている。年齢は四十代半ばほど。王国の中枢にいる人間らしい落ち着きと、冷たい理性をまとっていた。


彼はノアを見ていた。


ただ見ているだけなのに、それは警告のようだった。


儀式が始まる。


鐘が鳴り、民衆が静まる。


英雄管理局の司会官が高らかに宣言した。


「これより、北方魔王討伐にて命を捧げた勇者カイル・アーヴィングの国葬を執り行う」


祈りが捧げられ、花が置かれ、楽隊が沈痛な旋律を奏でる。


やがて、ノアの番が来た。


葬儀師による弔辞。


本来なら、遺体を整えた者が、死者を送り出す最後の言葉を読む。


ノアは祭壇の前へ進んだ。


広場中の視線が集まる。


手の中の紙が、わずかに湿っている。雨ではない。自分の汗だった。


ノアは息を吸った。


そして、読み始めた。


「勇者カイル・アーヴィング。あなたは若くして聖剣に選ばれ、王国のため、北方の地へ赴かれました」


用意された文面通り。


「あなたは仲間を守り、民を守り、迫りくる災厄の前に立ちました」


民衆がすすり泣く声が聞こえる。


「あなたの勇気は、王国の記憶に深く刻まれるでしょう」


オルガンの視線を感じる。


ノアは紙をめくった。


次の行には、こう書かれていた。


あなたは魔王の炎を胸に受け、なおも退かず、英雄としてその生を終えました。


ノアは、その一文を読まなかった。


広場に、ほんのわずかな間が落ちた。


ノアは顔を上げた。


棺の中で眠るカイルの顔は、薄い白布の奥にある。もう何も語らない。言い訳もしない。抗議もしない。


だから、生きている者が勝手に物語を被せる。


ノアはそれが、どうしても許せなかった。


彼は声を落とし、けれど広場に届くように言った。


「彼は、恐れを知らなかったのではありません」


民衆がざわめいた。


英雄管理局の司会官が顔を上げる。


オルガンの目が細くなった。


ノアは続けた。


「彼は恐れていました。死を恐れ、戦いを恐れ、それでも自分が逃げれば誰かが代わりに死ぬと知って、戦場へ向かいました」


エリシアが目を見開く。


これは、弔辞にはない言葉だった。


「彼が最期に何を見たのか、私はすべてを知っているわけではありません。ですが、棺の中には、彼が最後まで手放さなかったものがありました」


ノアは、祭壇の小さな皿に置いた木彫りの人形を見た。


魔王領の子どもが作った、帰還を願う守り人形。


「それは、敵地の子どもが渡した小さな守り人形でした」


広場のざわめきが大きくなる。


「勇者カイルは、命令のためだけに死んだのではありません。王国の物語のためだけに死んだのでもありません」


司会官が近づこうとした。


だが、エリシアが一歩前へ出た。祈りの杖を胸に抱き、司会官の動きを遮るように立つ。


ノアは最後の一文を、自分の言葉で告げた。


「彼は、守れと命じられたものではなく、自分が守りたいと思った命のために死にました」


風が吹いた。


祭壇に置かれた白い花が揺れる。


誰もすぐには声を出さなかった。


それは王国を告発する言葉ではなかった。聖騎士団の罪を暴く言葉でも、英雄管理局の嘘を叫ぶ言葉でもない。


けれど、完璧に整えられた英雄譚の表面に、小さな傷を入れるには十分だった。


葬儀はそのまま進んだ。


エリシアは震える声で祈りを捧げた。王国が用意した祈りではあったが、その最後に、彼女も一言だけ加えた。


「どうか、彼が本当に守りたかったもののもとへ帰れますように」


ノアは目を閉じた。


カイルの死因を、まだ公にできたわけではない。背中の刺し傷も、聖騎士団の布切れも、胸の偽装も、広場に示すことはできなかった。


それでも、今日の葬儀で一つだけ守れたものがある。


カイルは、恐れを知らない英雄としてだけ葬られなかった。


怖がりながらも、誰かを守ろうとした青年として送られた。


儀式が終わり、民衆が少しずつ広場を離れていく。


ノアが棺のそばで片づけをしていると、背後から静かな声がした。


「君が、ノア・レクターか」


振り返ると、英雄管理局局長オルガン・レイスが立っていた。


近くで見ると、その目は冷たいというより、深い水底のように感情が読めなかった。


「はい」


「良い声だった」


「ありがとうございます」


「だが、弔辞とは、死者のためだけにあるものではない」


ノアは黙っていた。


オルガンは、祭壇の上の棺を見た。


「民衆は物語を必要としている。勇者が勇敢に死んだという物語を。そうでなければ、次の災厄に立ち向かう力を失う」


「死者の真実よりも、ですか」


「真実は、時に生者を壊す」


オルガンは穏やかに言った。


「君の父も、それを理解できなかった」


ノアの胸が凍った。


父。


オルガンは、父を知っている。


「父を、ご存じなのですか」


「優秀な葬儀師だった。死者に誠実すぎた」


それは褒め言葉ではなかった。


ノアは拳を握る。


「父は病で亡くなりました」


「そう記録されている」


オルガンはわずかに微笑んだ。


「記録は大切だ。人は記録された形で、後世に残る」


ノアは、カイルの胸の火傷を思い出した。


記録された形。


魔王の炎で死んだ勇者。


公式弔辞に刻まれた英雄。


背中の刺し傷は、記録されない。


オルガンはノアの横を通り過ぎる時、低く言った。


「勇者の棺を開けるのは構わない。だが、王国の棺まで開けようとするな」


それだけ告げると、彼は広場を去っていった。


ノアはしばらく動けなかった。


祭壇の上で、カイルの棺は静かに閉じられている。


勇者は死んだ。


葬儀は終わった。


けれど、何かが始まってしまったのだと、ノアには分かった。


その夜、レクター葬儀社に戻ると、扉の前に一輪の白い花が置かれていた。


花の下には、小さな紙片が挟まれている。


ノアはそれを拾い上げた。


そこには、震えるような筆跡で一言だけ書かれていた。


勇者様を、嘘だけにしないでくれてありがとう。


ノアは紙片を胸に押し当てた。


すべてを暴くには、まだ遠い。


カイルを殺した者も、胸を焼いた者も、王国が何を隠しているのかも、分からないことばかりだ。


だが、確かに一人は届いていた。


英雄ではなく、人間としてのカイルに。


ノアは作業室へ入り、父の使っていた机の前に立った。


壁には、父の古い白手袋が今も吊るされている。


「父さん」


小さく呼ぶ。


返事はない。


けれど、オルガンの言葉が耳に残っていた。


君の父も、それを理解できなかった。


父は何を知ったのか。

何を弔おうとして、何を開けてしまったのか。


ノアは机の引き出しを開けた。


そこには、父が残した古い葬儀台帳が並んでいる。


勇者カイルの死は、終わりではなかった。


これは、最初の棺だ。


ノアは新しいページを開き、羽ペンを取った。


葬儀記録。

勇者カイル・アーヴィング。

公式死因、魔王の炎による戦死。


そこで一度、手が止まる。


ノアは少し考え、別の行を加えた。


確認事項。

背部刺創。

死後焼損。

聖騎士団紋章布。

魔王領の守り人形。


そして最後に、こう記した。


彼は、背中から死んでいた。


ノアはインクが乾くのを待ち、台帳を閉じた。


外では、また雨が降り始めていた。


王都の雨は、死者にやさしくない。


だからこそ、せめて葬儀師だけは、死者にやさしくあらねばならない。


ノアは灯りを消す前に、棺の置かれていた作業台へ向かって一礼した。


「おやすみなさい、カイル様」


静かな夜だった。


けれどその夜から、レクター葬儀社には、次々と奇妙な棺が届くことになる。


勇者の棺。

聖女の棺。

裏切り者の棺。

死んだことにされた者の、空の棺。


そしてそのどれもが、王国の語る物語とは違う死因を抱えていた。


最初の勇者は、背中から死んでいた。


ならば次の死者は、何を隠されているのだろう。


ノアはまだ知らない。


勇者たちの棺を開けることは、やがて王国そのものの棺を開けることになるのだと。

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