表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第1章 勇者は背中から死んでいた

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/46

第3話 聖騎士団の紋章

翌朝、雨はまだ止まなかった。


王都の空は灰色に沈み、鐘楼の上半分が霧に隠れている。大通りには、勇者カイルの国葬を知らせる布告が貼られ始めていた。


若き勇者、北方魔王討伐にて壮烈なる戦死。

三日後、鐘楼広場にて国葬。

王国の民よ、英雄の魂を讃えよ。


そこには、カイルが背中から刺されたことも、胸の火傷が死後につけられたことも書かれていない。


当然だった。


真実はいつも、布告より遅れて届く。


ノアは葬儀社の小さな応接室で、参列者名簿を確認していた。英雄管理局から渡されたものだ。


国王代理。

英雄管理局局長オルガン・レイス。

聖騎士団副団長ベイル・ラドナー。

聖女見習いエリシア・ヴェイン。

勇者パーティー随行者三名。

各ギルド代表。

王都民代表。


ノアは「聖騎士団副団長」の名に視線を止めた。


ベイル・ラドナー。


カイルの最終任務に同行した聖騎士の一人だ。カイルが握っていた布切れが聖騎士団のものなら、まず確認すべき相手だった。


だが、葬儀師が聖騎士団を尋問することなどできない。ノアにあるのは、葬儀準備のために参列者と連絡を取る権限だけだ。


それでも、聞けることはある。


ノアが羽ペンを取った時、玄関の鈴が鳴った。


「レクター葬儀社です」


扉を開けると、白い外套を着た少女が立っていた。


雨に濡れた銀色の髪。胸元には、聖務庁の小さな徽章。年はノアと同じくらいか、少し下だろう。


少女は丁寧に頭を下げた。


「聖務庁より参りました。エリシア・ヴェインと申します」


参列者名簿にあった名だ。


「ノア・レクターです。どうぞ中へ」


エリシアは外套の水を払ってから、静かに応接室へ入った。姿勢がまっすぐで、言葉遣いも整っている。だが、目元には疲れが滲んでいた。


「勇者カイル様に、祈りを捧げたいのです。国葬の前に、一度だけ」


「お知り合いでしたか」


「任務に同行したわけではありません。ただ、出発前に聖務庁で祈りを捧げました。彼は……とても緊張していました」


エリシアは膝の上で手を握った。


「勇者に選ばれた方は、皆さん堂々としているものだと思っていました。でも、カイル様は違いました。怖い、と小さくおっしゃったのです」


ノアは黙って聞いた。


「それでも彼は行きました。自分が逃げれば、誰かが代わりに死ぬから、と」


弔辞には、そんなことは書かれていなかった。


勇猛果敢。

恐れ知らず。

王国の剣。


美しい言葉は、時に人間の震えを消してしまう。


「エリシア様」


「様は不要です。私はまだ聖女ではありません」


「では、エリシアさん。カイル様の最期について、何か聞いていますか」


彼女は顔を上げた。


「最期、ですか」


「公式には、魔王の炎を胸に受けたと」


「はい。聖務庁にもそう伝えられています」


「その場にいた聖騎士団の方から、直接話を聞きましたか」


エリシアの表情がかすかに曇った。


「いいえ。英雄管理局から、説明があっただけです」


「聖騎士団副団長のベイル殿は、任務に同行していたのですね」


「そのはずです。カイル様の護衛として」


ノアは少し迷った。


この少女にどこまで話すべきか。


彼女は聖務庁の人間だ。王国側の人間でもある。だが、カイルを「英雄」ではなく「怖がっていた少年」として覚えている。


ノアは棚から白い皿を取り出した。そこには、洗浄せず保管してある布切れが載っている。


エリシアの目が、その紋章を捉えた瞬間、息が止まった。


「聖騎士団の……」


「カイル様が握っていました」


「なぜ、それを私に」


「彼の死には、不審な点があります」


エリシアの顔がこわばる。


「不審な点?」


「胸の火傷は、死後につけられたものでした。本当の致命傷は背中の刺し傷です。人間の短剣によるものと思われます」


沈黙。


雨音が応接室に満ちていく。


エリシアは唇を震わせ、ようやく言葉を出した。


「それは……何かの間違いでは」


「間違いであってほしいと思っています」


「ですが、王国が、そんな」


「王国が何をしたかは、まだ分かりません。ただ、カイル様の遺体は公式記録と違う事実を示しています」


エリシアは立ち上がりかけ、また座った。祈りを捧げに来た少女には、あまりに重い話だったのだろう。


「ノアさんは、どうするつもりですか」


「葬儀までに、できる限り確認します」


「確認して……もし本当に、誰かがカイル様を殺したのだとしたら」


「その時は、彼を嘘のまま弔うことはできません」


エリシアの瞳に、怯えが浮かんだ。


「国葬です。王国中が見ています。弔辞は英雄管理局が決めています。そこで余計なことをすれば、あなたも、この葬儀社も」


「分かっています」


「分かっていません」


彼女の声が少し強くなった。


「死者のためだとしても、生きている人まで巻き込まれます。英雄の死を疑うことは、王国の発表を疑うことです」


「では、疑ってはいけないのですか」


エリシアは答えられなかった。


その時、再び玄関の鈴が鳴った。


今度は乱暴だった。


ノアが扉を開けると、英雄管理局の使者が立っていた。昨日の役人とは違う若い男だが、同じ灰色の制服を着ている。


「ノア・レクターだな」


「はい」


男は封筒を差し出した。


「局からの通達だ」


ノアは封を切った。


中には短い文面があった。


勇者カイル・アーヴィングの遺体について、追加検査、私的確認、参列者への聞き取りを禁ずる。

葬儀社は遺体保全と儀式準備に専念せよ。

死因はすでに英雄管理局により確定している。


ノアは文面を読み終えた。


死因はすでに確定している。


では、なぜ彼らは追加検査を禁じるのか。


何も隠すことがないなら、遺体はただ静かに眠っていればいいはずなのに。


使者はノアの顔を見て、低く言った。


「余計なことはするな。勇者の葬儀は、葬儀師のものではない」


扉が閉まる。


ノアは通達を手にしたまま、しばらく動かなかった。


背後で、エリシアが小さく呟いた。


「……本当に、何かを隠しているのですね」


ノアは振り返った。


彼女の顔からは、王国を信じたいという色が消えきってはいなかった。だが、そこに初めて疑いが混じっていた。


ノアは皿の上の布切れを見た。


聖騎士団の紋章。


血で汚れ、引き裂かれた証拠。


「エリシアさん」


「はい」


「祈りを捧げる前に、カイル様が何に手を伸ばして死んだのかを知りたいのです」


エリシアは目を伏せた。


長い沈黙のあと、彼女は小さく頷いた。


「私にできることがあるなら」


ノアは通達を机に置いた。


英雄管理局は、調べるなと言った。


つまり、調べられたくないことがある。


葬儀まで、あと二日。


勇者の棺は、まだ閉じられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ