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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第1章 勇者は背中から死んでいた

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第2話 魔王の炎は死後につけられた

「ミレイを呼んでくれ」


ノアがそう言うと、葬儀社の奥で帳簿を整理していた見習いの少年が目を丸くした。


「今からですか」


「今すぐ」


「でも、英雄管理局の書類には、死因はもう」


「書類は死者じゃない」


ノアが静かに言うと、少年は慌てて頷き、裏口から雨の中へ駆け出していった。


一人になると、ノアは改めて棺に向き直った。


勇者カイルの表情は穏やかだった。戦場で最期を迎えた者にしては、あまりにも静かだ。苦痛に歪んだ跡も、叫んだ痕跡も薄い。


魔王の炎を胸に受けて即死した。


公式記録にはそうある。


だが、それならば、なぜ火傷の周囲に生前反応がほとんどないのか。


なぜ衣服の焦げ方と皮膚の焼け方が一致しないのか。


なぜ胸の焼損が、まるで人目につく場所だけを選んだように集中しているのか。


ノアは白手袋を替え、傷に近い部分の布を丁寧に外した。死者に触れる指先は、いつもより慎重になる。


ほどなくして、裏口が乱暴に開いた。


「呼んだ? 雨の日に? しかも勇者の遺体で?」


明るい声とともに入ってきたのは、赤茶色の髪をひとつに結んだ女だった。濡れた外套を乱暴に脱ぎ、作業台の横に置く。


ミレイ・オルコット。


王都でも数少ない死体防腐師で、レクター葬儀社とは父の代から付き合いがある。年は二十代半ば。軽い口調のわりに、遺体を見る目は誰よりも冷静だった。


「勇者カイルか。王都中が騒いでるよ。若き英雄、魔王の炎に散る。広場じゃもう花売りが値上げしてた」


「胸の火傷を見てほしい」


ノアが言うと、ミレイの顔から軽さが消えた。


「……公式死因を疑ってる?」


「疑っているんじゃない。違和感がある」


「それ、だいたい疑ってるって言うんだけどね」


ミレイはそう言いながらも、すぐに手袋をはめた。小さな銀の針、魔力反応を見る水晶板、皮膚温の残留を調べる薄い紙片を取り出す。


彼女は胸の火傷を覗き込むと、ほんの数秒で眉を寄せた。


「変だね」


「やはり?」


「うん。魔王の炎どころか、通常の火炎魔術で焼かれた傷とも違う。表面だけ炙ってる。深部まで熱が入ってない」


ミレイは水晶板を傷の上にかざした。淡い青の光が揺れ、すぐに消える。


「しかも、死後だ」


ノアは目を閉じた。


予感が、言葉になった。


「生きている時に受けた火傷じゃない」


「少なくとも、これで死んだわけじゃないね。心臓の上を派手に焼いてるけど、血流反応がない。先に死んで、そのあと焼かれた。見せるために」


「見せるため」


ノアは弔辞の紙を見た。


魔王の炎を胸に受け、壮絶に戦死。


たしかに、胸に焼け跡があれば、その物語は分かりやすい。民衆は棺を見て納得する。勇者は正面から魔王に立ち向かったのだと。


「本当の死因は分かるか」


「それを調べるには、全身を見ないと」


ノアは頷き、カイルの遺体を慎重に横向きにした。


その瞬間、ミレイが息を止めた。


背中。


肩甲骨の下から、心臓へ向かう位置に、細い刺し傷があった。


派手な傷ではない。布で隠せば見えないほど小さい。だが、その傷は深く、正確だった。


ミレイは黙って銀の針を当てた。傷口の角度を測り、周囲の筋肉の硬直を確認する。


「これだね」


「致命傷か」


「たぶん。後ろから、短剣か細身の剣で一突き。肋骨の隙間を通して、心臓まで届いてる。相当慣れた手口だよ」


「魔物ではない?」


「魔物なら、こんなに細くて正確な傷にはならない。爪でも牙でもない。魔王の炎でもない」


ミレイはノアを見た。


「人間の武器だね」


作業室が静まり返った。


雨音だけが、窓を叩き続けている。


勇者カイルは、魔王に殺されたのではない。


少なくとも、魔王の炎で死んだのではない。


誰かが背後から近づき、彼の心臓を刺した。

そのあと、胸を焼き、魔王の炎に殺されたように見せかけた。


「英雄管理局は、知っていると思うか」


ノアが尋ねると、ミレイは肩をすくめた。


「知らずにこの書類を出したなら無能。知ってて出したなら最悪。どっちがいい?」


「どちらもよくない」


「だよね」


ノアはカイルの右手に目を向けた。


棺を開けた時から気になっていた。カイルの右手だけが、不自然に握りしめられている。死後硬直のせいで開きにくいが、ただ拳を作っているのではない。


何かを握っている。


「ミレイ、手を」


「無理に開くと指を痛めるよ」


「分かっている」


ノアは温めた布で指を包み、ゆっくりと硬直を和らげた。親指、人差し指、中指。一本ずつ、丁寧に開いていく。


死者の手から何かを取り上げる時、父は必ず謝っていた。


ノアも小さく呟いた。


「失礼します」


最後の薬指が開く。


掌の中から、血で汚れた小さな布切れが出てきた。


白地の布。


端は破れている。誰かの衣服か、マントの一部だろう。そこに、銀糸で紋章が刺繍されていた。


剣を囲む、二枚の翼。


ミレイの顔色が変わる。


「これ……聖騎士団の紋章だよ」


聖騎士団。


王国に仕える精鋭部隊。勇者の護衛を務め、魔王討伐にも同行する名誉ある騎士たち。


勇者カイルは、その紋章布を握って死んでいた。


ノアは布切れを白い皿に置いた。


血は黒く乾いている。布の端は強く引き千切られていた。カイルが死の間際、相手の衣服を掴んだのだとすれば。


彼は、背中を刺した相手に手を伸ばしたのかもしれない。


「ノア」


ミレイの声が低くなる。


「これ、ただの葬儀じゃ済まないよ」


「分かっている」


「英雄管理局に逆らうことになる」


「まだ逆らっていない」


「もう片足突っ込んでる」


ノアは棺の中のカイルを見下ろした。


十七歳。


勇者。


王国の希望。


その肩書きの下に、一つの事実が横たわっている。


背中から刺された青年。


死後に胸を焼かれた遺体。


手に握られた聖騎士団の紋章。


ノアは白手袋を外し、新しい手袋に替えた。


「葬儀まで三日ある」


「調べる気?」


「弔辞を読む前に、彼がどう死んだのかを知らなければならない」


ミレイはため息をついた。


「お父さんに似てきたね」


その言葉に、ノアは一瞬だけ動きを止めた。


父も、こうして違和感を追ったのだろうか。


だから死んだのだろうか。


だが、今ここで眠っているのは父ではない。


勇者カイルだ。


ノアは棺に向かって、もう一度深く頭を下げた。


「あなたの死を、嘘のままにはしません」


窓の外で、雨が強くなった。


まるで王都全体が、何かを隠そうとしているかのように。

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