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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第10章 英雄管理局の正体

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第36話 勇者制度の設計図

地下記録庫には、墓標の代わりに棚札が並んでいた。


勇者。

聖女。

魔王指定。

候補生。

消去記録。

弔辞修正。

遺族対応。

民衆反応。

詩歌・演劇監修。

英雄譚流布計画。


ノアは棚札を見て、寒気を覚えた。


死者の記録だけではない。


死者がどう語られるか。

民衆がどう受け止めるか。

後にどんな歌や物語として広まるか。


そこまで管理されている。


英雄管理局は、葬儀後の死者まで管理していた。


「こっち!」


ミレイが小声で呼んだ。


彼女が見つけた棚には、「制度設計」と書かれていた。古い記録から新しい記録まで、年代順に並べられている。


ノアは一番古い束を取り出した。


百年前。


初代勇者団結成案。

魔王脅威指定に関する民衆統合効果。

英雄称号付与による士気向上。

殉死美談の利用価値。


紙面には、冷たい文字が整然と並んでいた。


魔王という絶対悪を設定することで、王国領内の不満を外部へ誘導する。

勇者という絶対善を設定することで、若年層の徴兵忌避を抑制する。

聖女による祈祷儀式を組み合わせることで、犠牲を神聖化する。

死者の実態は、必要に応じて弔辞・布告・演劇・聖歌により補正する。


エリシアが震える声で言った。


「補正……」


リナの死も、ルシアンの死も、補正された。


カイルの背中の傷も。

アルトの手紙も。

ユージンの空の棺も。

セオの番号も。

ガルディアの処刑も。


すべて、物語の形に合わせて補正された。


ノアは次の記録を開く。


勇者死亡時の処理分類。


一、公式戦死。

二、魔王呪詛死。

三、名誉殉死。

四、裏切り処分。

五、行方不明者の戦死化。

六、逃亡者の死亡化。

七、失敗候補生の未登録化。


ミレイが吐き気をこらえるように言った。


「ユージンは六。セオは七。アルトは四。リナは二。カイルは一に偽装……」


「分類されている」


ノアは呟いた。


死者の苦しみが、分類になっている。


「ノアさん、これを」


エリシアが別の束を開いていた。


そこには、聖女制度との連携記録があった。


聖女候補の戦地投入は、民衆の士気向上に有効。

過労死・反動死は魔王呪詛として処理することで、聖女信仰を強化可能。

候補生の死亡率が高い場合、殉教美談として調整。

祈祷文には「尊い犠牲」「王国の光」「神の御許」を必ず含めること。


エリシアの手が震えた。


「私たちが教えられた祈りは……」


「最初から、死因を隠すための型だったのですね」


ノアは言った。


エリシアは目を閉じた。


「リナは、呪いで死んだことにされる前から、そう祈られる準備をされていた」


その痛みを受け止める時間はなかった。


上階から足音が近づいてくる。

警報鐘は鳴り続けていた。


グリムが入口を見張る。


「あと少しだ」


「必要な記録を絞ります」


ノアは棚を確認した。


「初代勇者団。勇者制度設計。聖女連携。候補生処理。魔王指定。父の処理記録。ルシアンの消去記録」


「多すぎる」


ミレイが言う。


「でも、全部必要」


「持てないなら、写すより印だけ覚えよう」


彼女は棚番号と分類印を素早くメモしていく。


その時、ノアは一冊の分厚い台帳を見つけた。


表紙には、こう刻まれていた。


英雄管理局基本綱領。


初版は百年前。何度も改訂され、現在のものまで綴じられている。


ノアは現行版を開いた。


第一条。

英雄管理局は、王国における英雄事象を管理し、民衆の希望と秩序を維持することを目的とする。


第二条。

勇者、聖女、魔王、災厄、殉教者等の認定は、王国の安定に資する形で行う。


第三条。

死者の記録は、王国の秩序に反しない範囲で保存する。


第四条。

死者個人の真実と公共の安定が対立する場合、公共の安定を優先する。


ノアはその条文を見つめた。


死者個人の真実と公共の安定。


そこに、オルガンの思想があった。


死者の真実より、生者の秩序。

個人の死より、国の物語。


「これが、英雄管理局の正体……」


エリシアが呟いた。


ノアは首を振った。


「まだです」


「まだ?」


「これは表向きの正体です。彼らは死者を管理している。でも、なぜそこまでしなければならないのか。王国は何を恐れているのか」


その答えは、ロアンの遺言にあった。


魔王は交渉相手だった。

和平を壊したのは王国側だった。

勇者制度は、その罪を隠すために作られた。


だが、百年も続ける理由は何か。


ノアは「魔王指定」の棚を開いた。


そこには、歴代の魔王とされた者たちの記録が並んでいる。


初代魔王。

北方魔王。

黒霧の魔王。

灰角の魔王。

ガルディア・ノクス。


多くは、領主、反乱指導者、交渉代表、異民族の長、鉱山主、水路同盟の代表。


魔王というより、王国の拡大にとって不都合な者たちだった。


「魔王は、作られている」


ノアは呟いた。


ミレイが別の記録を開く。


「これ、ひどいよ。魔王指定後の効果測定だって。税収増加、志願兵数、聖務庁献金、反王政運動の沈静化……」


エリシアが青ざめる。


「人々の恐怖を、数字にしている」


グリムが低く言った。


「戦争は金になる」


ノアは記録を握りしめた。


魔王が必要な時、王国は魔王を作る。

勇者が必要な時、王国は勇者を作る。

そして死者が出れば、死因を整える。


英雄管理局は、死者の管理機関ではない。


王国が恐怖と希望を生産するための装置だった。


その時、地下記録庫の入口に人影が現れた。


兵士たちではなかった。


灰色の外套。


オルガン・レイス。


彼は一人で立っていた。


「よくたどり着いた」


その声は、静かだった。


ノアは台帳を手に、オルガンを見た。


「あなたは、これを守ってきたのですか」


「そうだ」


「こんなものを」


「こんなものがなければ、王国は百年前に崩れていた」


オルガンはゆっくり近づいてくる。


グリムが剣を構えたが、オルガンは手を上げた。


「争うつもりはない。少なくとも、今は」


ノアは言った。


「勇者も、魔王も、聖女も、すべて王国が作った物語だった」


「すべてではない」


オルガンは即座に返した。


「勇者に選ばれた者の勇気は本物だ。聖女が誰かを救ったことも本物だ。魔王と呼ばれた者たちが民を率いたことも本物だ。管理局は、それらを王国が耐えられる形に整えただけだ」


「整えた?」


「民衆は複雑な真実に耐えられない」


「あなたが耐えさせなかった」


ノアの声が強くなる。


「カイル様の恐れも、リナ様の疲労も、アルト様の嘘も、ユージン様の逃亡も、セオの名前も、ガルディア様の民も、ルシアン様の優しさも、全部、耐えられないからと消した」


「消したのではない」


「では何です」


オルガンは答えた。


「国が使える形にした」


その言葉に、エリシアが息を呑んだ。


ノアは静かに台帳を閉じた。


「死者は、国の材料ではありません」


オルガンは、わずかに目を伏せた。


「そう言える君は、まだ国を背負っていない」


「背負いたいとも思いません」


「だが、君はすでに死者を背負っている」


その言葉は、ノアの胸に刺さった。


オルガンは続ける。


「背負うものが増えれば、選ぶ真実と捨てる真実が出てくる。ユージンの時、君は嘘を書いた。ガルディアの時、君は遺体を隠した。アルトの時、君は名誉回復をしなかった。君もすでに選別している」


「生者を守るためです」


「私もそうだ」


オルガンの声は、初めて少しだけ熱を帯びた。


「王国という生者を守るためだ」


地下記録庫に、重い沈黙が落ちた。


ノアは理解した。


この男は、自分の罪を知っている。

それでも、王国を一人の巨大な生者として見ている。


だから、個々の死者を切り捨てる。


ノアは静かに言った。


「あなたは、国を弔ったことがありますか」


オルガンの目が動いた。


「国を?」


「はい。国も、間違えれば弔われるべきものになるのではありませんか」


オルガンは答えなかった。


その時、背後から兵士たちの声が響いた。


「局長! 侵入者を確認しました!」


オルガンはノアから目を離さずに言った。


「今夜はここまでだ」


ノアは記録の束を抱える。


「通してくれるのですか」


「通すとは言っていない」


オルガンは指を鳴らした。


地下記録庫の棚に、青白い封印光が走る。扉が次々と閉じていく。


「必要な記録を持って逃げられるかどうかは、君たち次第だ」


ミレイが叫ぶ。


「最悪!」


グリムがノアたちを押し出す。


「走れ!」


ノアは記録を抱え、地下記録庫を駆け出した。


背後で、オルガンの声が響く。


「ノア・レクター。死者の真実を背負う覚悟があるなら、次はそれを生者にどう渡すかを考えなさい」


それは警告だった。


そして、おそらく試験でもあった。

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