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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第10章 英雄管理局の正体

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第35話 地下記録庫へ

英雄管理局は、王都でいちばん静かな建物だった。


王城ほど高くはない。

聖務庁ほど白くもない。

軍本部ほど物々しくもない。


灰色の石で造られた四階建ての建物は、鐘楼広場の北側にひっそりと立っている。門には大きな紋章もなく、ただ小さな金属板に「王国英雄管理局」と刻まれているだけだった。


だが、ノアにはその建物が、どんな墓地よりも重く見えた。


ここで、勇者の死因が書き換えられる。

ここで、聖女の犠牲が美談に整えられる。

ここで、裏切り者の名が作られ、逃げた勇者が死者にされ、子どもたちが番号へ落とされる。


死者の棺は、葬儀社に届く。

だが、死者の物語は、ここで作られる。


「本当に正面から入るの?」


ミレイが小声で言った。


夜の王都は冷えていた。四人は英雄管理局の裏通りに身を潜めている。ノア、エリシア、グリム、ミレイ。いつもの面々だ。


ノアは首を振った。


「正面から入れば、すぐ捕まります」


「じゃあ、どうするの」


グリムが建物の裏手を指した。


「搬入口がある。遺体の出入りに使う扉だ」


エリシアが息を呑む。


「英雄管理局にも、遺体が運ばれるのですか」


「葬儀社へ送る前に確認するためだろう。死因を」


グリムの声は低かった。


死因を確認する。


いや、必要なら整えるために。


ノアは父の台帳を胸の内側に忍ばせていた。ロアンの遺言写しも、別の防水布に包んでいる。原本は葬儀社に隠した。持ち歩くには危険すぎる。


目的は一つ。


英雄管理局の地下記録庫に入り、王国が死者をどう管理してきたのかを示す記録を見つけること。


父の本当の死因記録。

ルシアンの消去記録。

勇者候補の処分記録。

ガルディアの魔王指定記録。

そして、初代勇者団から続く制度設計の証拠。


「警備は?」


ノアが尋ねると、ミレイが小瓶を見せた。


「眠り香を薄めたやつ。人によって効き目に差はあるけど、見張り二人くらいなら一時的にぼんやりさせられる」


「危険は?」


「かなり」


「使わない方向で」


「じゃあ何のために持ってきたの」


「非常用です」


ミレイは不満そうに瓶をしまった。


搬入口へ向かうと、古い鉄扉があった。扉の横には小さな鐘がついている。中から開ける仕組みだろう。


グリムが腰の道具袋から細い針金を取り出した。


「棺桶職人は、鍵開けもできるのですか」


エリシアが小声で聞くと、グリムは淡々と答えた。


「棺の鍵が開かなくなることもある」


「本当に棺の話ですか」


「昔は冒険者だった」


それ以上は説明しなかった。


数十秒後、鉄扉が小さく鳴って開いた。


中は暗い廊下だった。石床には荷車の跡が残っている。奥には、鉄と薬品と乾いた血の匂いが漂っていた。


ノアは足を踏み入れた瞬間、胸の奥に違和感を覚えた。


死者がいる。


棺の中ではない。

記録の中でもない。


建物そのものに、死の匂いが染みついている。


廊下の突き当たりに、遺体確認室があった。


作業台が三つ。壁には解剖器具と魔術器具が並び、棚には番号札付きの小箱が収められている。書類棚には「確認済」「整形済」「移送待ち」と分類された札。


エリシアが口元を押さえた。


「整形済……」


ミレイが棚を見て、顔をしかめる。


「死体の損傷を整えるって意味なら普通だけど、ここで言う整形は違うね」


ノアは一枚の処理票を手に取った。


対象、勇者候補。

公式死因、魔王軍襲撃。

実処理、訓練事故。

外傷調整済。

遺族通知、なし。

祈祷記録、不要。

備考、候補番号のみ保管。


ノアの手が震えた。


セオのような子どもが、何人もいた。


名前ではなく、候補番号。

遺族なし。

祈祷不要。


「ノアさん」


エリシアが別の棚を見つけた。


そこには、祈祷済みとされた者たちの写しがあった。リナの名もある。ルシアンの名もあった。


ルシアン・ヴェイン。

公式死因、魔王領偵察中死亡。

実処理、命令拒否。

北東方面廃礼拝堂にて死亡。

遺体、現地焼却。

関連児童逃亡、三名。

関係者監視継続。

記録区分、消去。


エリシアは、その紙を両手で持ったまま動けなかった。


「兄の……」


ノアはそっと彼女の横に立った。


「写しを取ります」


「はい」


声は震えていたが、折れてはいなかった。


ミレイは手早く記録を写し、必要な符号を覚えていく。彼女は軽い口調を完全に消していた。


「これ、全部持ち出したいけど、無理だね」


「必要なものを選びます」


ノアは言った。


その時、廊下の奥から足音がした。


グリムが手を上げる。


全員が息を潜める。


二人の局員が遺体確認室の前を通り過ぎた。


「次の候補群、また北区からか?」


「今度は地方の方が多いらしい。王都の養護院は少し騒がれたからな」


「葬儀社の件か」


「ああ。レクターだ。局長は泳がせているが、上は早く処理しろと言っている」


ノアは息を止めた。


上。


オルガンより上、あるいは局内の強硬派。


「局長も甘い。死者の記録ごときで国が揺れるはずがない」


「いや、だからこそ危険なんだろ。民は英雄の死には弱い。勇者が作り物だと知られたら、徴兵も献金も聖務庁の祈りも崩れる」


足音が遠ざかる。


ノアは心の中で、その言葉を刻んだ。


勇者が作り物。


局員たちは、知っている。


英雄管理局はただ死因を整える機関ではない。

勇者という物語を作り、維持し、死後まで管理する場所だ。


グリムが低く言った。


「急ぐぞ」


地下記録庫への階段は、遺体確認室の奥にあった。通常の職員用階段ではない。重い扉に、英雄管理局の紋章と封印がある。


エリシアが封印を見る。


「聖務庁式と王国軍式が混じっています」


「開けられますか」


「時間があれば」


ミレイが小瓶を取り出す。


「時間はなさそうだよ」


遠くで、別の足音が近づいてくる。


グリムが周囲を見た。


「三分」


エリシアは頷き、杖を封印に当てた。


白い光が浮かび、灰色の紋章にひびが入る。封印は抵抗するように震えた。エリシアの額に汗が滲む。


「この封印、祈りを拒みます」


「拒む?」


「死者のための祈りではなく、記録を閉じるための祈りです」


彼女の声に怒りが混じった。


「こんなものに、聖務庁の術を使うなんて」


光が強まる。


扉の封印が砕けた。


同時に、廊下の向こうから声が響く。


「誰だ!」


グリムが扉を開ける。


「走れ」


ノアたちは地下階段へ駆け込んだ。


背後で警報鐘が鳴る。


英雄管理局の建物全体が目を覚ます音だった。


階段を下り切ると、そこには広大な記録庫があった。


棚が、果てしなく並んでいる。

紙の棺。

名前を奪われた死者たちの墓地。


ノアは息を呑んだ。


ここに、王国の嘘が眠っている。


そして、そのすべてが今、開かれることを拒んでいた。

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