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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第9章 父が葬った名前のない英雄

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第33話 父はなぜ殺されたのか

納骨堂の空気が凍りついた。


ロアンの棺は開かれている。

ノアの手には、初代勇者の遺言。

その前に、オルガン・レイスが立っている。


父が最後に葬った棺。

父を殺したかもしれない男。

王国の記録を書き換えてきた局長。


すべてが、同じ場所に揃っていた。


ノアは声を絞り出した。


「父を殺したのは、あなたですか」


エリシアが息を呑む。

ミレイの顔が強張る。

グリムは剣を握ったまま、オルガンを睨んでいる。


オルガンは、すぐには答えなかった。


「イザークを殺す決定を下したのは、英雄管理局だ」


それは、肯定だった。


ノアの中で、何かが静かに切れた。


「決定を下した」


自分の声が遠く聞こえた。


「人の命を、書類のように」


「そうしなければ、多くが死んだ」


「父は、一人の死者の遺言を守ろうとしただけです」


「その遺言は、王国全土を揺るがす」


オルガンは冷静だった。

あまりにも冷静だった。


「初代勇者団の真実が公表されれば、勇者制度は崩れる。魔王討伐の正当性も、聖務庁の祈りも、王国軍の遠征も、すべて疑われる。民衆は何を信じればいい?」


「真実を」


「真実だけで飢えは止まらない。恐怖は消えない。外敵への不安も、隣人への憎しみも、統治への不満も、真実だけでは収まらない」


オルガンの声は、納骨堂の石に冷たく響いた。


「王国は物語で保っている。勇者がいて、魔王がいて、聖女が祈り、民が希望を持つ。その構造があるから、王都は燃えずに済んでいる」


「その物語の下で、どれだけの人が死んだと思っているのですか」


「数えている」


オルガンの答えは意外だった。


「私は数えている。勇者の死も、聖女の死も、候補生の死も、魔王と呼ばれた者たちの死も。君が思うより多くを、私は知っている」


「知っていて、書き換えた」


「知っているから、書き換えた」


ノアは奥歯を噛みしめた。


オルガンは、悪事を隠す小物ではない。

王国が壊れることを本気で恐れ、そのために死者を管理している。


だからこそ、たちが悪い。


ノアは父の追記を思い出した。


これは王国を壊すための刃ではない。

死者の名を返すための灯りだ。


だが今、目の前に父の死を決めた男がいる。


灯りではなく、刃として使いたくなる。


ノアの手が震えた。


「父は、あなたに殺されるほどのことをしたのですか」


「イザークは、ロアンの遺言を複製しようとした」


オルガンは言った。


「棺に隠すだけなら見逃せた。いつか開けられる危険はあるが、管理できる。しかし彼は、複数の記録を残そうとした。君にも、他の誰かにも届くように」


「父は記録を残す葬儀師です」


「だから危険だった」


その言葉に、ノアの胸の奥が焼けた。


父の誠実さが、危険と呼ばれた。

死者を忘れまいとすることが、罪とされた。


「あなたは父を殺した」


「私は止めた」


オルガンの声がわずかに沈んだ。


ノアは顔を上げる。


「何を」


「イザークを処刑する命令が出た時、私は即時処分ではなく、記録の回収と監視を提案した。だが、彼は止まらなかった。君を逃がす準備までしていた」


「逃がす?」


「イザークは、自分が殺されることを予想していた。君を王都から出す手配をしていた」


ノアは知らなかった。


父はそこまで考えていたのか。


「だが、間に合わなかった」


オルガンは続けた。


「局内の強硬派が動いた。英雄管理局付き医師による薬針。急性心不全として処理。私が現場に着いた時には、イザークはもう死んでいた」


「あなたは、止めなかった」


ノアの声は低い。


「止められなかった」


「同じです」


「そうだな」


オルガンは初めて、静かに認めた。


「同じだ」


その一言が、ノアの怒りをさらに揺らした。


言い訳しない。

しかし謝罪もしない。

罪を知った上で、必要だったと言う。


「父の死を、あなたは記録しましたか」


ノアは尋ねた。


「急性心不全として」


「本当の記録は」


オルガンは沈黙した。


ノアは一歩進む。


「あなたは数えていると言いました。なら、父の本当の死因も記録したはずです」


オルガンは灰色の外套の内側から、小さな紙片を取り出した。


「イザーク・レクター。英雄管理局機密処理記録。死因、薬針による心停止。処理理由、初代勇者団証言記録の拡散阻止」


ノアの視界が揺れた。


父の死が、そこにあった。


やっと。


だが、それはあまりに冷たい文字だった。


薬針による心停止。

処理理由。


父の人生が、処理という言葉に押し込められている。


ノアは紙片を受け取ろうとした。


オルガンは渡さなかった。


「これはまだ渡せない」


「なぜ」


「君が今、それを受け取れば、復讐の証拠として使う」


図星だった。


ノアは何も言えなかった。


「ノア」


グリムが低く呼ぶ。


その声で、ノアはかろうじて自分を保った。


グリムは剣を下ろしていない。だが、ノアの方を見ている。


「イザークの手紙を思い出せ」


復讐のために棺を開けるな。

怒りのために弔辞を読むな。


ノアは息を吸う。


苦しい。


父を殺された怒りが、胸の内側から暴れる。

オルガンを責めたい。

英雄管理局を壊したい。

この遺言を王都中にばら撒き、王国を震え上がらせたい。


だが、それは父が望んだことなのか。


ロアンが、死の床で願ったことなのか。


エリシアがそっと言った。


「ノアさん」


彼女の声も震えていた。

兄を王国に殺された彼女だからこそ、その怒りを知っている。


「私も、マルクを許せません。英雄管理局を許せません。でも、兄の葬儀で誓いました。兄の死を、ただ憎しみの理由にしないと」


ノアは目を閉じた。


父の顔が浮かぶ。


厳しい顔。

不器用な手。

棺の前でだけ優しかった背中。


父はきっと、オルガンを殺せとは言わない。

王国を燃やせとも言わない。


記録を残せ。


それだけを言うだろう。


ノアは目を開けた。


「オルガン局長」


「何だ」


「父の本当の死因記録を、いつか受け取ります」


「いつか?」


「僕が、それを刃ではなく記録として扱えるようになった時に」


オルガンの目がわずかに揺れた。


「強がりか」


「半分は」


ノアは正直に答えた。


「今すぐ奪いたい。あなたを責めたい。父の墓前に持っていきたい。でも、今の僕がそれをすれば、父の死を復讐の道具にします」


納骨堂に沈黙が落ちる。


「だから、今はロアン様の遺言を持ち帰ります。父が守ったものを、読み解くために」


オルガンはノアを見つめた。


そして、ほんのわずかに息を吐いた。


「イザークに似てきたな」


「褒め言葉として受け取ります」


「褒めてはいない。危ういと言っている」


その時、英雄管理局の兵士の一人が進み出た。


「局長、遺言を回収しなくてよろしいのですか」


空気が変わった。


オルガンは兵士を見た。


「下がれ」


「しかし、規定では消去記録の持ち出しは」


「下がれと言った」


兵士は不満そうに一歩退いた。


ノアは気づいた。


英雄管理局は一枚岩ではない。

父を殺した強硬派。

オルガンが止められなかった処理。

そして今、遺言を奪おうとする者たち。


王国の内部にも、何かがある。


オルガンはノアに向き直った。


「今夜は見逃す」


「なぜ」


「君が遺言を読んだ。もう棺に戻しても意味がない」


「あなたらしくないですね」


「私は無意味なことをしない」


オルガンは背を向ける。


「だが、次からは違う。君がそれを公表しようとすれば、英雄管理局は全力で止める」


「あなたも?」


「もちろん」


ノアは遺言を胸に抱えた。


「その時は、死者の名を守るために向き合います」


オルガンは振り返らずに言った。


「死者の名だけでは、国は守れない」


ノアは答えた。


「死者の名を踏んだ国は、いつか自分の足元を失います」


オルガンは何も返さなかった。


兵士たちを連れ、納骨堂の奥へ消えていく。


ノアたちはしばらく動けなかった。


やがてミレイが小さく言った。


「生きて出られるんだよね?」


グリムが周囲を確認する。


「今のうちに出る」


ノアはロアンの棺へ向き直った。


遺言は受け取った。

だが、棺を開けたままにはできない。


ノアはロアンの手を整え、布を戻し、棺の蓋を静かに閉じた。


「ロアン様」


彼は深く頭を下げる。


「あなたの言葉、確かにお預かりします」


そして、父にも向けて言った。


「父さん。僕はまだ、あなたの死を許せません。でも、あなたの記録は守ります」


鐘楼の地下で、冷たい空気が揺れた。


まるで、長く閉じ込められていた死者が、ようやく息を吐いたようだった。

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