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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第9章 父が葬った名前のない英雄

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第32話 初代勇者の遺言

鐘楼地下納骨堂へ入るには、夜を待つしかなかった。


昼間の鐘楼広場は人目が多すぎる。英雄管理局の巡回兵もいる。聖務庁の祈り手たちが慰霊の花を捧げに来ることもある。


夜半、広場の鐘が三度鳴った後、ノアたちは動いた。


ノア、エリシア、グリム、ミレイ。


四人は黒い外套をまとい、鐘楼の裏手へ回った。表向きの入口ではなく、古い石段の下に隠された小さな扉。父の鍵に刻まれた紋章と同じ印が、扉の金具に彫られている。


円の中の、折れた剣と鐘。


ノアは鍵を差し込んだ。


重い音を立てて、錠が回る。


扉の向こうから、冷たい空気が流れ出した。

土と石と、古い香油の匂い。

そして、長く閉じ込められていた死者の沈黙。


「入ります」


ノアが言うと、グリムが先に立った。

ミレイが小さな光石を掲げ、エリシアが後ろを確認する。


石段は地下へ続いていた。


壁には無数の名板が並んでいる。

だが、いくつかは削られていた。名前が消され、ただ空白の石だけが残っている。


エリシアが足を止めた。


「ここに、兄の記録も」


「探しましょう」


ノアは言った。


しかし、まず向かうべき場所は分かっていた。


父の弔辞に書かれていた。


初代勇者団最後の生存者。

終鐘の誓い。

ロアン。


地下の奥へ進むと、広い納骨堂に出た。


中央には大きな石棺がいくつも並んでいる。歴代勇者の棺だろう。棺の側面には華やかな碑文が刻まれていた。


魔王を討ちし者。

王国を救いし剣。

光のために命を捧げし英雄。


だが、奥の一角だけは違った。


そこには、装飾のない木棺が一つ置かれていた。


木材は古いが、手入れされている。棺の内側ではなく、蓋の表に小さく紋章が彫られていた。


折れた剣と鐘。


グリムが低く言った。


「俺が作った棺だ」


ノアは棺の前に立った。


胸が強く鳴る。


父が最後に葬った死者。

父が命をかけて守った遺言。

名前を奪われた英雄。


ノアは深く頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ロアン様」


そう言ってから、少し違うと思った。


この死者は、すでに父によって迎えられている。


ならば。


「お待たせしました」


ノアは棺に手を置いた。


「イザーク・レクターの息子、ノアです。父が閉じた棺を、開けに来ました」


蓋を開ける。


木が軋む音が、納骨堂に低く響いた。


棺の中には、老いた男の遺体が横たわっていた。


防腐処理は丁寧だった。三か月ほどではない。もっと長い時間が経っているのに、顔の輪郭は保たれている。白髪、深い皺、痩せた頬。胸元には、古びた布で包まれた筒が置かれていた。


ロアンの手は、その筒を守るように組まれている。


ミレイが静かに言った。


「お父さん、すごい処理をしてる。普通じゃない。遺言を守るために、遺体も崩れないようにしたんだ」


ノアは白手袋をはめた。


「失礼します」


ロアンの手から、布包みをそっと外す。


筒は金属製だった。表面には、初代勇者団の紋章と、かすかな文字。


終鐘の誓いを忘れるな。


ノアは筒を開けた。


中には、数枚の羊皮紙が入っていた。


古いが、保存状態はいい。父が防湿の魔術を施したのだろう。


ノアは最初の一枚を開いた。


私はロアン・アルバ。


初代勇者団の一人であり、王国が最後まで消し損ねた証人である。


エリシアが息を呑む。


ノアは読み続けた。


我々は、魔王を討つために集められたのではない。

最初は、戦を終わらせるために集まった。


百年前、王国と魔族領は長く争っていた。

だが、争いの理由は憎しみではなく、土地と鉱脈と水路だった。

民は疲れ、兵は死に、王たちは終わらせる方法を探していた。


その時、王国は一つの物語を作った。


魔王という絶対悪。

それを討つ勇者という絶対善。


ノアの手が震える。


羊皮紙の文字は、静かに王国の根を揺らしていた。


初代魔王は、交渉相手だった。

我々は、彼を討つためではなく、和平の証人となるために選ばれた。

だが、和平は王国の一部にとって不都合だった。


戦争によって富を得る者。

恐怖によって民をまとめる者。

勇者という象徴を必要とする者。


彼らは和平を壊した。


エリシアは顔を青ざめさせていた。


「魔王は、最初から敵ではなかった……?」


ノアは次の一枚を読む。


最終会談の日、王国側の者が魔王を殺した。

そして、その罪を魔王側に押しつけた。

我々初代勇者団は、真実を知った。


だが、我々は英雄にされた。


魔王を討った勇者として。

王国を救った剣として。

真実を語ろうとした仲間は消された。

従った者は地位を与えられた。

沈黙した者は、長く生きた。


私は沈黙した。


その一文だけ、文字が深く刻まれていた。


ノアは、ロアンの顔を見た。


老いた英雄。

証人。

沈黙して生き延びた者。


私は多くの死者を裏切った。

魔王を。

和平を望んだ王国兵を。

真実を語ろうとして殺された仲間を。

そして、勇者という名に縛られて死んだ、後の子どもたちを。


勇者制度は、我々の沈黙の上に作られた。


勇者は神に選ばれたのではない。

王国が必要とする時に作られ、必要がなくなれば美しい死を与えられる。


魔王も同じだ。

敵が必要な時に作られ、倒された後は次の敵の土台となる。


エリシアが小さく呟いた。


「ガルディア様も……」


ノアは頷いた。


百年前の仕組みが、今も続いている。


魔王を作り、勇者を作り、死因を書き換え、民に物語を与える。


ロアンの遺言は、さらに続く。


私は晩年、イザーク・レクターという葬儀師に出会った。

彼は、私を英雄としてではなく、一人の死に損ないとして見た。

私は彼に、ようやく真実を話した。


彼は言った。

「それなら、あなたの死後も記録を残しましょう」と。


私は恐れた。

彼が殺されると分かっていたからだ。

だが、彼は笑った。

「死者が頼んできたことを断る葬儀師は、うちにはいません」と。


ノアの目が熱くなる。


父の声が、そのまま聞こえる気がした。


最後の一枚には、別の筆跡で追記があった。


父の字だった。


ロアン・アルバ。

初代勇者団最後の生存者。

公式記録なし。

遺言、棺内へ封入。

公開時期、未定。


ノアへ。

この記録を読む時、お前は私を恨むかもしれない。

それでいい。

だが、怒りでこの遺言を使うな。

これは王国を壊すための刃ではない。

死者の名を返すための灯りだ。


ノアは羊皮紙を胸に抱えた。


「父さん……」


その時、納骨堂の奥から足音が聞こえた。


ひとつではない。


複数。


グリムが剣を抜く。


ミレイが光石を消しかける。


だが、遅かった。


灰色の外套をまとった男が、石棺の影から現れた。


オルガン・レイス。


その背後には、英雄管理局の兵士たち。


オルガンは、開かれたロアンの棺を見た。


「ついに開けたか」


ノアは遺言を握りしめた。


「あなたは、知っていたのですね」


「もちろん」


オルガンは静かに言った。


「その棺を閉じさせたのは、私だ」

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