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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第9章 父が葬った名前のない英雄

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第31話 父の最後の仕事

鐘楼の鐘は、王都のどこにいても聞こえる。


朝を告げる鐘。

昼を告げる鐘。

葬儀を告げる鐘。

英雄の名が刻まれる時にも、死者の名が消される時にも、同じように鳴る。


ノアは、レクター葬儀社の作業室で古い鍵を見つめていた。


父が残した木箱に入っていた鍵。

円の中に、折れた剣と鐘の紋章。

鍵の柄には、小さくこう刻まれている。


鐘楼地下納骨堂。


そこには、父が葬ったという「初代勇者団最後の生存者」の棺がある。

そして、ルシアン・ヴェインの消去記録もある。


エリシアの兄。

ノアの父。

王国が最初に消した英雄。


すべてが、鐘楼の地下へ向かっている。


だが、無計画に入れる場所ではなかった。


鐘楼地下納骨堂は英雄管理局の管理区域だ。普段は閉鎖され、出入りできるのは局の職員と、一部の聖務庁関係者だけ。王国の公式説明では、歴代勇者の遺品や慰霊碑が眠る聖域とされている。


しかし、これまでの記録が示すものは違う。


そこは、都合の悪い死者を集める場所。

名前を奪われた者たちの、沈黙の保管庫。


「鐘楼に行く前に、もう一つ確認したいことがあります」


ノアは言った。


作業室には、エリシア、グリム、ミレイが集まっている。机には、父イザークの弔辞写し、毒針の検査記録、ダンの証言、ルシアンの祈祷簿写しが並んでいた。


ミレイが薬瓶を指先で転がす。


「まだ確認するの? 鍵もあるし、行けば何か分かるんじゃない?」


「行けば戻れないかもしれません。父が何をしたのか、もう少し知っておきたい」


グリムが低く言った。


「俺に聞きたいんだろう」


ノアは頷いた。


「父が最後に葬った棺を作ったのは、グリムさんだと聞きました。まだ話していないことがあるはずです」


作業室が静まる。


グリムはしばらく黙っていた。

やがて、壁にもたれていた体を起こした。


「イザークに口止めされていた」


「父に?」


「ああ。お前が自分で三つの嘘の棺を開けるまで、話すなと」


三つの嘘の棺。


勇者カイル。

聖女リナ。

魔法使いアルト。


父は、ノアがそこへたどり着くことを予想していた。

いや、予想ではない。願っていたのかもしれない。自分が残したものを継ぐなら、死者の嘘を見抜ける葬儀師になってからにしてほしいと。


「父は、なぜそこまで」


「守りたかったんだろう」


グリムの声は低い。


「お前を。死者を。どっちもだ」


彼は窓の外の鐘楼を見た。


「イザークが最後に俺の工房に来たのは、死ぬ七日前だった。顔色が悪かった。手には、棺の寸法を書いた紙と、古い紋章の写しを持っていた」


「初代勇者団の紋章ですね」


「そうだ。折れた剣と鐘。昔は“終鐘の誓い”と呼ばれていたらしい」


エリシアが尋ねる。


「終鐘の誓い?」


グリムは頷く。


「初代勇者団が、最初の魔王討伐へ向かう前に立てた誓いだ。戦いを終わらせるために剣を取る。勝利の鐘ではなく、最後の戦の鐘を鳴らすために、とな」


ノアはその言葉を胸の中で反芻した。


最後の戦の鐘。


今の王国が語る勇者像とは違う。

今の勇者制度は、次の災厄、次の魔王、次の戦争を必要としているように見える。


だが、初代勇者団は戦いを終わらせるために剣を取った。


「父が葬ったのは、その初代勇者団の一人だったのですか」


「ああ」


「名前は」


グリムは首を振った。


「棺を作った時点では知らなかった。だが、イザークが一度だけ口を滑らせた」


ノアは息を呑む。


「何と」


「“ロアンは、ようやく帰れる”と」


ロアン。


初代勇者団最後の生存者。

父が葬った名前のない英雄。


初めて、その名が現れた。


エリシアが小さく呟く。


「ロアン……歴史書にはありません」


「消された名だろうな」


グリムは続けた。


「イザークは言った。ロアンは英雄として死ななかった。証人として死んだ、と」


「証人」


「王国が勇者制度をどう作ったのか。初代魔王討伐の真実が何だったのか。そのすべてを知る最後の一人だった」


ノアは父の弔辞を開いた。


あなたは、初代勇者団最後の生存者。

王国が最初に作った英雄であり、王国が最初に消した証人。


「父は、ロアン様の遺言を預かっていたのですね」


「たぶんな」


「その遺言は」


「棺の中だ」


グリムの答えは短かった。


作業室の空気が変わる。


「棺の中?」


「ああ。イザークは言った。遺言は紙で残しても奪われる。人に預けても殺される。だから、死者と一緒に閉じる、と」


ノアは鍵を握った。


鐘楼地下納骨堂にある棺。

その中に、ロアンの遺言がある。


「なぜ父は、その場で公表しなかったのでしょう」


エリシアが尋ねた。


グリムは少し目を伏せた。


「公表すれば、ノアが殺されるからだ」


ノアは動けなくなった。


「僕が?」


「イザークは独り身じゃなかった。お前がいた。ロアンの遺言を世に出せば、英雄管理局はイザークだけでなく、お前も狙う。だから一度、棺に隠した」


「でも、父は殺された」


「それでも、お前は生き残った」


その言葉は、優しくも残酷だった。


父は真実を棺に閉じた。

ノアを守るために。

しかしその結果、父自身は殺された。


ノアは胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。


「父は、僕に何も言ってくれませんでした」


声が震えた。


「僕は父の葬儀師だったのに、父の死因さえ知らなかった。父が何を背負っていたのかも、誰を葬ったのかも」


「言えば、お前は止めただろう」


グリムが言う。


「止めたかったです」


ノアは即答した。


「父が殺されると分かっていたなら、止めました。記録なんて残さなくていい。棺なんて閉じていい。父に生きていてほしかった」


作業室が静まり返った。


ノア自身、その言葉を口にして初めて気づいた。


死者の真実を追う葬儀師としてではなく、息子としての本音。


父には、正しく死んでほしかったのではない。


死なないでほしかった。


ミレイが静かに言った。


「それが普通だよ」


ノアは目を伏せた。


父の手紙には、こうあった。


葬儀師としてではなく、息子として考えろ。


父は分かっていたのだ。

ノアが死者のためなら進んでしまうことを。

だから、一度立ち止まらせたかったのだ。


「それでも、父は記録を残した」


エリシアが言った。


「ノアさんに背負わせたいからではなく、いつか誰かが必要とするから」


ノアは頷いた。


「はい」


怒りはまだある。

父を奪われた怒り。

何も知らされなかった寂しさ。

自分が守られていたことへの悔しさ。


だが、その怒りだけで鐘楼地下へ行けば、父の言葉に背く。


復讐のために棺を開けるな。

怒りのために弔辞を読むな。


ノアは鍵を机に置いた。


「ロアン様の棺を開けます」


誰も止めなかった。


「でも、父の仇を取るためではありません」


ノアは父の弔辞を見つめた。


「父が守った記録を、死者の言葉として受け取るためです」


グリムは少しだけ口元を緩めた。


「なら、俺も行く」


ミレイが手を上げる。


「私も。遺体の状態を見る人間は必要でしょ」


エリシアも頷いた。


「兄の記録も、そこにあります。私も行きます」


ノアは三人を見た。


一人で抱えようとしていた棺は、もう一人ではなかった。


それでも、鐘楼地下へ向かう道は重い。


父が最後に閉じた棺を、息子が開けに行く。


ノアは古い鍵を手に取った。


鐘楼の鐘が、遠くで鳴っていた。


まるで、待っていると告げるように。

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