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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第8章 聖女エリシアの兄

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第28話 命令を拒んだ勇者候補

鐘楼地下納骨堂へは、すぐには入れなかった。


そこは王都中心部、鐘楼広場の地下にある英雄管理局の管理区域だった。表向きは、歴代勇者や戦死者の慰霊品を保管する聖域とされている。だが、父が残した鍵と、聖務庁の修道士が口にした「消去記録」という言葉が、そこがただの納骨堂ではないことを示していた。


ノアたちは、まず情報を集めることにした。


頼ったのは、王立養護院の老清掃夫だった。


彼は名を、ダンといった。

かつて選定院で雑務をしていた男で、今も子どもたちの世話をしながら、できる範囲で記録を隠していたらしい。


夜、レクター葬儀社の裏口から、ダンは小さな布包みを持って現れた。


「これを、ずっと隠しておりました」


布の中には、古い木札が数枚と、子どもたちの手紙が入っていた。


ノアは慎重に広げる。


番号札。

訓練成績表の切れ端。

選定試験の覚え書き。

そして、一枚の古い紙。


そこには、ルシアン・ヴェインの名があった。


第七候補群。

番号一二。

適性、治癒補助・結界魔法・剣術中等。

従順性、低。

備考、下位候補生への干渉多し。


エリシアの指が震えた。


「兄らしいです」


「従順性、低」


ノアはその項目に目を止める。


セオの成績表にもあった言葉だ。


従順性。


勇者の資質として、王国が何より見ていたもの。


強さだけではない。

命令に従うかどうか。

疑わずに戦えるかどうか。

誰かを見捨てられるかどうか。


ダンは深く頭を下げた。


「ルシアン様は、よく罰を受けておりました。自分の訓練を抜け出して、怪我をした子の手当てをしていたからです」


エリシアは小さく笑った。涙の混じる笑みだった。


「昔からそうでした。私が転ぶと、自分の上着を汚してまで傷を拭いてくれました」


ダンは続ける。


「最後の選定試験の前、数人の子どもが移送されることになりました。セオ坊と同じように、選ばれなかった子どもたちです。ルシアン様は、その子たちが地方施設へ送られるのではなく、別の場所へ連れていかれることに気づいた」


「どこへ?」


ノアが尋ねる。


ダンは首を振った。


「私も詳しくは。ただ、戻った子はいませんでした」


沈黙。


「ルシアン様は、その子どもたちを逃がそうとしました」


エリシアが息を止める。


「兄が」


「はい。夜中に寝室の鍵を開け、裏門まで連れていった。ですが、門の外には英雄管理局の馬車が待っていた」


ノアは眉をひそめた。


「待っていた?」


「最初から、試されていたのかもしれません」


ダンの声は重かった。


「ルシアン様が命令に背くかどうかを」


従順性、低。


それはただの評価ではなく、監視対象の印だったのかもしれない。


「その後、ルシアン様は」


エリシアの声が震える。


ダンは布包みの中から、小さな金属片を取り出した。


古いペンダントの片割れだった。


エリシアがそれを見た瞬間、手で口を覆った。


「兄の……」


「裏門の近くに落ちていました。返す機会がないまま、ずっと隠しておりました」


エリシアはペンダントを両手で受け取った。


片面には、子どもの字で小さく「E」と刻まれていた。


「私の名前の頭文字です」


彼女は泣きそうな声で言った。


「兄が、私が迷子にならないようにと、おそろいで作ってくれたものです」


もう片方は、今もエリシアが持っているのだろう。彼女は胸元から同じ形のペンダントを取り出した。二つを合わせると、小さな鐘の形になった。


ノアは胸が締めつけられた。


記録ではない。

証拠でもない。

家族の記憶。


それが、十年越しに戻ってきた。


「ダンさん」


ノアは尋ねた。


「ルシアン様は、その場で殺されたのですか」


「いいえ。少なくとも、私が見た時は生きていました。英雄管理局の馬車に乗せられた。口元に血がありましたが、自分の足で歩いていました」


「その後、魔王領偵察中に死亡と記録された」


「はい」


つまり、戦場で死んだという記録は偽装だ。


ルシアンは選定院で命令を拒み、子どもたちを逃がそうとして捕らえられた。

その後、英雄管理局へ移送され、死を別の物語に書き換えられた。


「兄は、どこで死んだのでしょう」


エリシアの問いに、誰も答えられなかった。


ダンはもう一枚の紙を差し出した。


「これが、最後に見た記録です」


そこには、短い文字があった。


第七候補群一二番。

反抗性高。

処分保留。

北東方面特別任務へ転用。

監督、英雄管理局局長補佐マルク・セイン。


ノアはその名前を見て息を止めた。


マルク・セイン。


リナを戦場で使い潰した聖務庁監督官。

英雄管理局との連絡役。


また、同じ名前。


「マルクは今も聖務庁にいます」


エリシアの声が低くなる。


「リナの死にも、兄にも関わっている」


「会う必要があります」


ノアが言うと、ミレイが横から言った。


「会うっていうより、捕まえる必要があるんじゃない?」


「乱暴なことは」


「しないとは言ってない」


グリムが静かに言った。


「マルクは口を割らないだろう」


「では、どうすれば」


「死者の方が正直だ」


その言葉に、ノアは顔を上げた。


「どういう意味ですか」


グリムはダンの持ってきた記録を見た。


「北東方面特別任務。ルシアンがそこへ送られたなら、任務に同行した者がいる。死んだ者もいるはずだ。その棺を探せ」


ノアは理解した。


死者の記録から、生者の嘘を辿る。


レクター葬儀社に残る台帳。

聖務庁の祈祷記録。

英雄管理局が隠した消去記録。


どこかに、ルシアンの最期に近い棺がある。


エリシアはペンダントを握りしめた。


「兄は、子どもたちを逃がそうとしたのですね」


「はい」


ダンは頭を下げる。


「逃げられた子もいました。全員ではありませんが、数人は。ルシアン様のおかげです」


その言葉に、エリシアは涙をこぼした。


兄は、何もできずに消されたのではなかった。


誰かを逃がそうとした。

少なくとも数人を救った。


それは慰めではない。

死の真相にはまだ遠い。


それでも、兄の姿が少し戻ってきた。


勇者候補でも、反抗者でも、記録から消された番号でもなく。


弱い子を放っておけない、エリシアの兄として。


「ノアさん」


エリシアは涙を拭った。


「私は、兄の死因を知りたいです」


「はい」


「でも、それだけではありません。兄が逃がそうとした子どもたちがどうなったのかも、知りたい」


「探しましょう」


「兄を弔うために?」


ノアは少し考えた。


「ルシアン様を弔うためにも。まだ生きているかもしれない子どもたちを、名前で呼ぶためにも」


エリシアは静かに頷いた。


その夜、ノアは新しい記録を台帳に挟んだ。


ルシアン・ヴェイン。

勇者候補。

公式記録、魔王領偵察中に死亡。

実際、選定院にて命令拒否。

子どもたちの逃亡を支援。

英雄管理局へ移送。

関連、マルク・セイン。

鐘楼地下納骨堂に消去記録あり。


最後の欄は空白のままだ。


死因。


そこに、まだ何も書けない。


だが、空白はもう諦めではなかった。


これから埋めるべき場所だった。

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