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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第7章 魔王の遺体を弔う

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第26話 善悪の棺

明朝、王国軍が遺体を取りに来た時、鉄の棺は空だった。


隊長は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「どういうことだ!」


作業室の中央には、鉄の棺だけが置かれている。鎖は外され、蓋は開いていた。中には白い布が一枚。ガルディア・ノクスの遺体はない。


ノアは静かに答えた。


「ご遺体は、葬儀を終えました」


「誰が許可した!」


「死者の名を知る者たちです」


「ふざけるな!」


隊長はノアの胸ぐらを掴んだ。


グリムが動こうとしたが、ノアは目で制した。


「魔王の遺体は王国軍の所有物だ!」


「死者は、所有物ではありません」


「貴様……!」


剣が抜かれかけた時、またしてもオルガンが現れた。


まるで、こうなることを知っていたかのように。


「やめなさい」


隊長は叫ぶ。


「局長! この葬儀師が魔王の遺体を隠しました!」


オルガンはノアを見た。


「隠したのか」


「葬りました」


「どこに」


「答えられません」


「王国への反逆に近い」


「死者を見世物にする命令には従えません」


作業室の空気が張り詰める。


ノアは昨夜のことを思い出していた。


深夜、ノアたちはガルディアの遺体を鉄の棺から出し、グリムが用意した木の棺へ移した。棺の内側にはノクス領の紋章を彫った。魔王の娘と老女、数人の避難民が密かに立ち会った。


葬儀は、王都外れの廃倉庫の地下で行った。


花はなかった。

聖務庁の鐘も鳴らなかった。

参列者は、逃げてきた魔族たちと、ノア、エリシア、グリム、ミレイだけ。


それでも、そこには確かに弔いがあった。


ノアは弔辞で、彼を魔王と呼ばなかった。


「ガルディア・ノクス様。あなたは、王国の記録では魔王とされました。ですが、ここに集まった者たちは、あなたを領主として、父として、民を守ろうとした人として記憶しています」


娘は声を殺して泣いていた。


「あなたが守ろうとしたものを、王国の記録が消しても、この葬儀に参列した者たちは忘れません」


エリシアは、少女に言われた通り、自分の言葉で祈った。


「この方が、敵という名から解かれ、愛した土地と人々の記憶へ帰れますように」


最後に、娘が父の手に護符を握らせた。


その後、遺体は王都の外へ運ばれた。ノクス領へ帰すことはまだできない。だが、晒されることは避けた。老女たちが知る安全な場所に、一時的に葬られた。


ノアはその場所を言わない。


言えば、また掘り返されるからだ。


オルガンは、長い沈黙のあと言った。


「君は、死者を守ったつもりだろう」


「はい」


「その結果、生者が危険にさらされるとは考えなかったか」


ノアは黙る。


「魔王の遺体が消えたと知れば、王国軍はノクス領の残党を疑う。避難民を探す。匿った者も処罰対象になる」


ノアの胸が冷えた。


それは考えた。

考えたうえで、それでも晒せなかった。


「なら、あなたは遺体を晒すべきだったと言うのですか」


「私は、君に選択の重さを問うている」


オルガンの声は静かだった。


「死者に誠実であることは美しい。だが、その誠実さの影で、生者が傷つくこともある」


アルトの手紙が脳裏をよぎる。


真実を暴けば、生きている仲間が危険にさらされる。

死者の名誉と、生者の安全はいつも同じ方向を向かない。


ノアは唇を噛んだ。


「それでも」


声がかすれる。


「死者を恐怖の道具として使うことは、葬儀ではありません」


オルガンはノアを見つめた。


「君はいつか、死者を守るために生者を犠牲にするかもしれない」


「あなたは、生者を守ると言って死者を犠牲にしてきた」


二人の視線がぶつかった。


隊長も兵士たちも、口を挟めなかった。


オルガンはやがて、静かに言った。


「今回の件は、私が処理する」


隊長が驚く。


「局長!」


「魔王の遺体は、防腐処理中に崩壊した。呪詛汚染を防ぐため、葬儀社の判断で焼却。そう記録する」


また記録が書き換えられる。


ノアは眉をひそめた。


「なぜ」


「君が守った死者と、その周囲の生者を守るためだ」


オルガンの言葉は、皮肉にも聞こえたし、本心にも聞こえた。


「記録は嘘になります」


「いつものことだ」


「あなたは、それでいいのですか」


「君も、ユージンの時に嘘を書いた」


ノアは何も言えなかった。


オルガンは踵を返す。


「ノア・レクター。善悪の棺を開ける時は気をつけなさい。中には、君が思うほど単純な死者はいない」


その言葉を残して、彼は王国軍を連れて去った。


作業室には、空の鉄棺だけが残った。


ミレイが小さく息を吐く。


「助かった……のかな」


グリムは首を振る。


「借りを作った」


ノアもそう思った。


オルガンは、ノアを見逃した。

だが、それは味方になったという意味ではない。


彼は、ノアに現実を見せている。

死者を守る選択にも、代償があるのだと。


その日の夕方、エリシアが葬儀社を訪れた。


彼女の顔は疲れていたが、どこか決意があった。


「魔王の娘さんたちは、今夜のうちに別の隠れ家へ移るそうです」


「王国軍が探すかもしれません」


「はい。だから、私も手伝います」


「危険です」


「分かっています」


彼女は静かに言った。


「でも、祈るだけでは足りないと分かりました」


ノアは彼女を見る。


エリシアは作業室の空の鉄棺に目を向けた。


「私は今まで、魔王は悪で、勇者は善だと教えられてきました。でも、カイル様は敵の子どもを守ろうとして死に、ガルディア様は自分の民を守ろうとして魔王にされました」


彼女は胸に手を当てる。


「善悪は、棺に入ると形が変わるのですね」


ノアは頷いた。


「死者は、肩書きから少しだけ自由になります」


「では、生きているうちにも、肩書きから自由になれるのでしょうか」


その問いに、ノアはすぐには答えられなかった。


勇者。

聖女。

魔王。

裏切り者。

候補生。

葬儀師。


誰もが、何かの名に縛られている。


それを解くのは、葬儀だけでよいはずがない。


「いつか、そういう世界にしなければならないのだと思います」


ノアは言った。


エリシアは小さく頷いた。


その夜、ノアはガルディアの葬儀記録を書いた。


ガルディア・ノクス。

王国記録、魔王級災厄。

公式処理、防腐処理中に呪詛汚染のため焼却。

実際、拘束後に処刑された可能性。

胸部槍傷。

生前拘束痕。

守護結界型魔力。

証言、ノクス領避難民。

関連、魔力鉱脈、王国軍侵攻。


最後の一文。


彼は、魔王として死んだのではない。

民を守ろうとした領主として葬られた。


ノアは羽ペンを置いた。


机の上には、いくつもの台帳が重なっている。


勇者。

聖女。

魔法使い。

逃亡勇者。

候補生。

魔王。


王国が語る物語の中では、彼らは役割でしかなかった。


だが、棺を開けると、そこにはいつも人がいた。


怖がった勇者。

疲れ果てた聖女。

嘘を背負った魔法使い。

逃げて生きた青年。

番号を奪われた子ども。

民を守った魔王。


ノアは台帳を閉じた。


これで、王国の善悪はさらに揺らいだ。


次に開く棺は、誰のものだろう。


その答えは、まだ分からない。


ただ、エリシアの兄ルシアンの名が、近づいている気がした。


そして、父が残した鍵。

鐘楼地下納骨堂。


すべての棺は、そこへ向かっている。

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