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勇者葬儀社 〜世界を救った英雄の死因が、毎回おかしい〜  作者: swingout777
第7章 魔王の遺体を弔う

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第23話 敵の棺

その棺には、名前がなかった。


勇者の棺には名が刻まれていた。

聖女候補の棺には祈りの布がかけられていた。

裏切り者の棺にさえ、処分記録には名前があった。


だが、その日レクター葬儀社へ運ばれてきた棺には、名札も、紋章も、祈りもなかった。


ただ、黒い鉄の箱だった。


木ではない。

鉄だ。


棺というより、檻に近かった。


王都の午後は重く曇っていた。通りを行く人々は、葬儀社の前に停まった軍用馬車を遠巻きに見ている。馬車の側面には英雄管理局ではなく、王国軍の紋章があった。


運んできた兵士たちは、棺に触れることさえ嫌がっているようだった。


「魔王の遺体だ」


隊長らしき男が、吐き捨てるように言った。


ノアは一瞬、聞き間違えたのかと思った。


「魔王、ですか」


「ああ。北東辺境の小領主を名乗っていた魔族の王だ。討伐済み。王都で見世物にする予定だったが、腐敗が進む前に最低限の防腐処理をしろと命じられた」


「葬儀ではなく?」


隊長は鼻で笑った。


「葬儀? 魔王に?」


周囲の兵士たちも笑った。

それは楽しげな笑いではない。蔑みと恐怖が混ざった、硬い笑いだった。


「勘違いするな。弔うんじゃない。広場で晒すために形を保てと言っている」


ノアは鉄の棺を見た。


黒い蓋には、何本もの封印鎖が巻かれている。蓋の隙間からは、魔術で封じた冷気が漏れていた。


死者を閉じ込めるための棺。


死者を迎えるためのものではない。


「遺体を見せてください」


「気をつけろ。死んでいても魔王だ。呪いが残っているかもしれん」


隊長は鍵を外すよう兵に命じた。兵士たちは顔をしかめながら鎖を解く。鉄が擦れる音が作業室に響いた。


蓋が開いた瞬間、冷気と血の匂いが流れ出した。


棺の中には、一人の男が横たわっていた。


肌は人間より少し青白い。額には折れた角が二本。耳は細く尖っている。だが、顔立ちは穏やかで、魔物というより疲れ果てた王のように見えた。


年齢は人間でいえば四十前後だろうか。

黒い髪には銀が混じり、頬には戦傷がある。


胸には、大きな槍傷があった。


そして、両手は後ろで縛られていた。


ノアは眉をひそめた。


「なぜ、死後も拘束を?」


隊長は当然のように答えた。


「魔王だからだ」


「死者です」


「魔王だ」


その二つの言葉は、隊長の中では矛盾しないらしい。


ノアは深く息を吸い、棺に向かって一礼した。


「お帰りなさいませ」


作業室の空気が凍った。


兵士の一人が顔を上げる。


「おい。今、何と言った」


「死者を迎える時の挨拶です」


「そいつは人間じゃない」


「死者です」


ノアの声は静かだった。


隊長の顔が赤くなる。


「魔王だぞ。多くの人間を殺した敵だ。貴様、正気か」


その時、裏口からグリムが入ってきた。隊長の怒声を聞いて、すぐに状況を察したのだろう。彼は黙ってノアの後ろに立った。


それだけで、兵士たちの勢いが少し弱まる。


ノアは続けた。


「防腐処理を行うには、拘束を外す必要があります」


「外すな。命令だ」


「では、処理は不完全になります」


「構わん。形だけ保てばいい」


「死者を晒すためにですか」


隊長はノアを睨んだ。


「王国軍への侮辱だな」


「いいえ。葬儀師としての確認です」


「葬儀師は黙って命令を聞け」


ノアは鉄の棺の中の魔王を見た。


折れた角。

縛られた手。

胸の槍傷。

閉じられた瞼。


この男は、生前何をしたのか。

本当に人間の村を襲ったのか。

王国が語る通りの怪物だったのか。


まだ何も分からない。


だが、死んだ後まで檻のような棺に入れられ、見世物にされることだけは、葬儀ではなかった。


「私は、死者を見世物にするための処理はできません」


ノアが言うと、隊長が剣の柄に手をかけた。


「命令違反だぞ」


作業室に緊張が走る。


グリムが一歩前に出る。


その時、入り口から別の声がした。


「そこまでにしなさい」


灰色の外套をまとった男。


オルガン・レイスだった。


隊長はすぐに姿勢を正す。


「局長」


「彼は葬儀師だ。死者を物として扱う命令には反発する。そういう職種だ」


まるでノアを庇うような言い方だった。


だが、ノアには分かっていた。

オルガンは優しさで来たのではない。


彼はいつも、棺の近くに現れる。


「ノア・レクター」


オルガンは鉄の棺を見た。


「この遺体は、王国にとって重要な証拠だ。民衆に、魔王が倒されたことを示す必要がある」


「だから晒すのですか」


「恐怖を終わらせるには、恐怖の死を見せる必要がある」


「死者にも尊厳があります」


「敵にも?」


「はい」


オルガンは、ほんのわずかに目を細めた。


「君はまた、難しい棺を選ぶ」


「選んでいません。運ばれてきました」


「棺は、必要な者の前に届くものだ」


それは、父が言いそうな言葉でもあった。


ノアは表情を変えなかった。


「この方の名前は」


隊長が吐き捨てるように答えた。


「魔王ガルディア」


「正式な名ですか」


「魔王に正式も何もあるか」


オルガンが静かに言った。


「ガルディア・ノクス。北東辺境ノクス領の領主。王国記録上は、魔王級災厄指定」


ノアはその名を胸に刻んだ。


ガルディア・ノクス。


名前がある。


ならば、名で迎えるべきだった。


ノアは改めて棺の前に立ち、一礼した。


「お帰りなさいませ、ガルディア様」


兵士たちが息を呑む。


オルガンは何も言わなかった。


その沈黙は、許可ではない。

ただ、ノアを試している沈黙だった。


「処理は行います。ただし、拘束を外し、死者として扱います」


隊長が抗議しようとしたが、オルガンが手を上げて制した。


「任せよう」


「局長!」


「ただし、遺体は明朝までに王国軍へ返すこと。余計な調査はしないこと」


余計な調査。


また、その言葉だった。


ノアは棺の中のガルディアを見た。


王国が調べられたくない死者。


ならば、この棺にも何かがある。


オルガンは去り際に、ノアへ小さく言った。


「敵を弔えば、味方から疑われる。覚悟しておきなさい」


「死者を弔うのに、敵味方はありません」


「それが通じる世界なら、勇者など必要なかった」


オルガンは去った。


王国軍の兵士たちも、不満げに鉄の棺を置いていった。


作業室に残ったのは、ノア、グリム、そして魔王ガルディアの遺体だけだった。


ノアは鎖を外し、後ろで縛られた手をほどいた。


手首には、深い縄の跡があった。


生前につけられたものだった。


「捕虜だったのか」


グリムが低く呟いた。


ノアはガルディアの胸の槍傷を見た。


深い。

だが、戦場で正面から受けた傷にしては角度が低い。倒れた後、上から突かれたようにも見える。


「ミレイを呼びます」


「呼ぶと思った」


グリムはそう言って裏口へ向かった。


ノアは魔王の遺体に白布をかけた。


敵として晒されるはずだった死者。

魔王として恐れられた男。

王国が名前を呼ぼうとしなかった者。


その棺は、勇者の棺と同じ匂いがした。


隠された死因の匂いが。

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