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第5話 返却されない総譜箱

翌朝、私は北辺劇場の楽譜庫へ潜った。


 舞台裏の狭い階段を下りた先には、番号札の付いた木箱が並んでいる。本来なら演目ごとに総譜と各パート譜が収まり、貸し出しと返却のたびに記録を付ける場所だ。


「三番箱、五番箱、七番箱が空です」


 私が指摘すると、楽長のルートヴィヒが苦い顔をした。四十二歳、北辺劇場ひと筋の男だ。


「王都巡業へ出したまま戻らなかった。補助金の精算では『使用済み』になっていたが、実際の公演日は二日しかなかったはずだ」


「演目は?」


「《雪鴉の花嫁》と《春を呼ぶ塔》、それから慈善公演用の祝祭組曲」


 祝祭組曲。私が王都で売上消失の責任を押しつけられた、あの慈善公演と同じ題目だった。


 貸出台帳の控え番号をなぞると、王都歌劇場側の受領者欄にリゼットの随行秘書の名がある。だが北辺へ返送された形跡はない。


「総譜が戻っていないのに、王都では同じ演目を完全版で上演していることになっていた」


 私は背筋が冷えるのを感じた。公演実績を水増しし、巡業したことにして補助金を抜くには、最初から実演より『記録』だけ整えればいい。


「ねえ、これ見て」


 グレータが別の引き出しから古い封筒を出した。中には北辺劇場の演者名簿があり、主演予定者の欄に私の名があった。正確には、『クラウディア・ヴェルナー/王都歌劇場より短期派遣予定』。


「私は来ていません」


「ええ。でも、来たことにされて補助金は出てる」


 空の総譜箱、存在しない私の派遣記録、消えた補助金。糸が少しずつ繋がってきた。


「王都歌劇場は、北辺巡業を記録だけで回していました」


「証明できるか」


 フリードリヒが背後から問う。


「できます。箱番号と受領番号が一致しているのに、返却記録がない。それに、私の派遣予定まで勝手に書き込まれている」


 私は空箱へ指をかけ、蓋を閉めた。


「誰かが歌っていない舞台で拍手だけを売った。その帳尻が、慈善公演の売上にも重なっています」


 ルートヴィヒが低く唸る。


「観客をだましただけじゃない。俺たちの劇場そのものを空箱扱いしたってことか」


「ええ」


 私は台帳へ新しい付箋を貼る。


「だから返してもらいましょう。本物の総譜も、本物の舞台も」


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