表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

第4話 割れた舞台鈴と空席だらけの客席

北辺劇場の最初の歓迎は、拍手ではなく埃だった。


 石造りの外壁は立派なのに、玄関扉を開けた瞬間、冷えた空気と古い木の匂いが押し寄せる。客席の赤布は色褪せ、舞台前の呼び鈴はひび割れ、緞帳の端はほどけたままだ。


「ひどいでしょう」


 そう言って肩をすくめたのは、劇場支配人代理のグレータ・ヘルマン。四十五歳の元舞台監督で、声が大きい分だけ隠し事に向かない顔をしている。


「でも、骨組みはまだ死んでいません」


 私は舞台床を靴先で叩いた。板の浮きはあるが、全面を張り替えるほどではない。客席の番号札も半分は生きている。


「まず配役台帳と貸出票の所在を見せてください」


「物好きねえ。普通はまず客席や衣装部屋を見るのに」


「裏が壊れていたら、表は立ちません」


 案内された事務室の棚には、台帳が三年分だけ残っていた。そこから先が空白になっている。巡業補助金の記録も、王都から衣装が届いたはずの日だけ不自然に薄い。


 私は鈴の割れ目を見ながら頁をめくった。開演を知らせるはずの合図が壊れたまま放置されていたように、ここでは『始まったことにされたもの』だけが増え、『本当に動いた記録』が消されている。


「ノルトハイム侯」


 私は背後に立つフリードリヒを振り返った。


「この劇場、閉じた理由は赤字だけではありませんね」


「観客が来なかった。来ても続かなかった。王都巡業も途中で打ち切られた」


「打ち切られたのではなく、最初から成立していなかった可能性があります」


 貸出台帳の余白に、王都歌劇場の印が押された総譜箱番号があった。だが返却印も受領印もない。


「総譜箱が届かないまま巡業公演は打てない。なのに補助金だけ落ちている」


「追えるか」


「追います。その代わり」


 私は割れた舞台鈴を持ち上げた。


「これを直してください。再開幕の日に、ちゃんと鳴らしたいので」


 フリードリヒは鈴を受け取り、短く返した。


「明日までに」


 言葉の少なさに呆れるより先に、妙な安心がくる。ここでは頼んだことが、頼んだ順で動き出しそうだった。


 私は空席だらけの客席を見下ろし、台帳を抱え直す。


 誰も座っていない席にも、いつか名前が戻る。そのために、まず消された頁から拾い直す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ