第2話 改ざんされた配役台帳
翌朝、呼び出されたのは稽古場ではなく、歌劇場の会計室だった。
分厚い帳簿が積まれた長机の前で、支配人と監査役が揃っている。慈善公演の売上金が足りないという。しかも不足した金額は、私が昨夜まで管理していた役者日当と舞台転換費の袋から出たとされていた。
「袋の封蝋は、あなたの確認印ですな」
監査役が淡々と封紙を差し出す。確かに私の印だ。だが印の上から、もう一度こじ開けて押し直したようなずれがある。
「開封痕があります」
「言い逃れは見苦しいぞ、クラウディア」
支配人の声に、私は顔を上げた。もう結論は決まっているらしい。
「慈善公演の帳尻が合わない以上、あなたには配役台帳官の職を外れてもらう。謹慎の上、関係資料も提出してもらう」
「台帳は私物ではありません。提出はします。でも、その前に原本を照合します」
私は配役台帳へ手を伸ばした。昨日舞台袖から持ち帰ったものだ。ページを開くと、そこにあったはずの私の名が消えていた。主演欄、代役欄、歌唱補助欄まで、全部リゼットの名に差し替えられている。しかも昨日まで存在しなかった変更記録が、三日前の日付で差し込まれていた。
「遡って書き換えたのね」
私が呟くと、エーミールが壁際から冷たい笑みを向けた。
「台帳なんて、最後に残った字が正しい」
「いいえ。紙は消せても、手順は消えない」
私は変更記録の穴の位置を見た。元の綴じ穴とずれている。しかも使われている紫インクは、稽古場ではなく支配人室のものだ。台帳の癖を知らない人間が慌てて差し替えた証拠だった。
だが、今ここでそれを言っても誰も聞かない。私へ責任を押しつける流れは完成している。
「退去の馬車を用意した」
エーミールが続ける。
「北辺ノルトハイム侯領の辺境劇場で、人手を探しているそうだ。お前のように裏方が似合う女にはちょうどいい」
机の端に、一通の封書が置かれていた。北辺侯フリードリヒ・ノルトハイムから。開けると、短い文面が目に入る。
『歌劇場の台帳を守ってきた方へ。こちらには、奪われた記録が山ほどあります。話をしたい』
嘲笑のつもりで寄越した仕事だとしても、私には十分だった。
「わかりました」
私は台帳を閉じ、改ざんされたページだけ抜き取った。
「その代わり、原本照合用の控えは私が持ちます」
「何に使うつもりだ」
エーミールが眉をひそめる。
「正しい幕順を思い出すためよ」
奪われた職場を振り返る気はなかった。だが奪われた記録は、必ず洗い直す。そのための最初の一歩が、北辺へ向かう馬車になった。




