第19話 もう端役の声ではない
監査会の翌日、王都歌劇場は奇妙なくらい静かだった。
廊下ですれ違う職員たちは皆、私へ気まずそうに道を譲る。昨日まで私の存在を見て見ぬふりをしていた人たちだ。だが謝罪も歓迎も、今さら私には軽すぎる。
支配人室へ呼ばれ、復職と配役管理部門の昇格を打診された。待遇も権限も、以前より上だという。
「ご検討いただければ」
丁重な口調になった支配人代理へ、私は穏やかに返した。
「辞退します」
「……理由を伺っても?」
「端役にしておくには便利で、主役に戻すには遅すぎたからです」
室内が凍る。だが私の声は不思議なくらい静かだった。怒鳴らなくても、もう届くからだ。
歌劇場を出ると、正面馬車寄せにフリードリヒがいた。いつもの無愛想な顔で、けれど私が近づくのを待っている。
「終わったか」
「ええ」
「戻るか」
その二文字だけで十分だった。私は頷きかけ、それから少しだけ意地悪く尋ねる。
「北辺劇場の配役台帳官として?」
「もちろん」
「それだけ?」
彼はほんのわずかに息を止め、それから鞄から封筒を出した。もう見慣れた無骨な字だ。
『北辺劇場の新しい芸術監督候補へ。あなたの名で幕を上げてほしい。仕事でも、それ以外でも』
私は読み終え、思わず笑った。
「手紙にすると強いんですね」
「口だと遅れる」
「返事は」
「今でも後でもいい」
私は封筒を胸へ押さえた。
「なら、半分だけ今」
「半分?」
「仕事の返事は、はい。残り半分は」
私は彼を見上げる。
「北辺の最前列で、ちゃんと聞かせてください」
その時の彼の表情は、拍手の直前みたいに少しだけ柔らかかった。もう私は端役の声ではない。誰かに割り振られるだけの席でもない。
自分で選んだ舞台へ、自分の足で戻る。




