第18話 偽歌姫を支えた影の筆写譜
アデルの証言だけでは終わらない。私は最後の箱から、影の筆写譜を取り出した。
それは王都歌劇場の複写室で使われる薄青の紙に書かれた譜面で、欄外には誰にも見せるつもりのない実務メモが並んでいる。
『主役不安定。二段目から支える』
『クラウディア案の旋律を使用』
『表には出さないこと』
筆跡は、複写主任イレーネ・ファルクのものだった。四十一歳。彼女もまた、呼び出しに応じて会場へ来ていた。
「私が写しました」
イレーネは静かに頭を下げる。
「本来なら、改訂旋律はクラウディアさんの名で演出会議へ上がるはずでした。でもエーミール様に止められ、リゼット様用の特別写譜として扱えと言われました」
「どうして今まで黙っていたんです」
誰かが問うと、彼女は苦く笑った。
「複写室は裏方ですから。裏方は主役の嘘を支えるためにいる、と何度も言われました」
その言葉に、私は一瞬だけ目を閉じた。配役台帳官も、複写主任も、影歌の合唱主任も、同じように舞台の下で使われてきたのだ。
私は筆写譜を監査机へ置く。
「これで、旋律の出どころ、影歌の位置、隠蔽指示、全部が揃いました」
監査会長は重々しく頷いた。
「王立歌劇場支配人補佐エーミール・ハルトマン、主演者リゼット・ヴェルナーに対し、虚偽申告、公演会計不正、契約改ざん、名義盗用の調査を開始する」
ようやく終わる。そう思った時、局長が私へ向き直った。
「クラウディア・ヴェルナー。あなたへの謹慎処分は即時撤回、歌劇場での職務復帰も可能です」
昔なら、その言葉を待っていたかもしれない。けれど今の私は、もう違う舞台の音を知っていた。
「お申し出だけ受け取ります」
私は頭を下げ、はっきり答える。
「戻る席は、自分で決めます」




