第14話 破られた代役契約書
最後の決定打は、衣装箱の底から出てきた。
マティルデが修繕中の主役衣装の裏布をほどくと、中から紙片が落ちたのである。汗と香油で硬くなっていたが、広げてみれば契約書の一部だった。
『主演予定者 クラウディア・ヴェルナー』
その一行だけで、胸の奥が大きく脈打つ。さらに下には王立歌劇場と北辺劇場の連名印、報酬額、巡業日程。慈善公演の成功次第で、私はそのまま北辺巡業主演として派遣されるはずだった。
「破って隠したのね」
私は紙片の端を揃えた。残りの部分は別の衣装箱と照合した結果、三枚に分かれて見つかった。誰かが急いで処分しようとして、衣装の裏へ押し込んだらしい。
契約書を繋げると、もっとはっきりした。契約変更には本人署名と両劇場承認印が必要。だが私の署名欄だけが破り取られている。つまり、私は同意していない。
「これで終わりです」
私が言うと、フリードリヒは静かに頷いた。
「王都へ戻る準備をしよう」
夕方、私は証拠を演目順ではなく『嘘の順』に並べ替えた。偽署名、改ざん台帳、空席寄付、喉薬納品、裏会計帳、破られた契約書。ひとつひとつでは言い逃れができても、全部並べれば幕は下りる。
作業を終える頃、グレータが小さな箱を持ってきた。中には修理済みの舞台鈴と、一枚の新しい席札がある。
「王都凱旋公演用ですって」
席番号はA-1。裏には短く『今回は中央で聴く』と書かれていた。
私は思わず笑う。
「無口な人のくせに、こういう時だけ分かりやすい」
王都へ戻るのは怖くないわけではない。だが、今の私は追い出された日の私とは違う。奪われた記録だけでなく、自分が立つはずだった舞台の契約書まで手元にある。
もう、誰にも勝手に端役へ書き換えさせない。




