第13話 王都歌劇場の裏会計帳
裏会計帳は、たいてい表会計帳より紙が悪い。
北辺侯の照会で呼び出されたのは、王都歌劇場の元会計主任ブリギッテ・ケーラー。四十八歳、昨冬に突然退職した女性だ。北辺へ来るなり、彼女は私へ分厚い黒革帳を差し出した。
「これを持っていると知れたら、二度と王都で歩けなかったわ」
「どうして今、渡してくださるんですか」
「あなたがまだ諦めていないと聞いたから」
帳を開く。そこには表の精算書には載らない振替が細かく書かれていた。慈善公演の寄付金から『特別宣伝費』へ流れた金、北辺巡業補助金から『主演者演出調整費』へ付け替えられた金、架空客席名簿の作成料。
「主演者演出調整費って」
「リゼット様の顔を飾るための費用。影歌、追加衣装、招待客への贈答、新聞記者への口止め」
吐き気がするほど露骨だった。舞台を支えるための金ではない。華やかな嘘を維持するための金だ。
私は帳簿の端を押さえる。
「ブリギッテさん、ここに“北辺劇場派遣替玉”とあります」
彼女は苦く笑った。
「本来はあなたが北辺巡業へ出て、主役を兼ねる予定だったのよ。歌えるし、台帳も読めるから。でもエーミール様がリゼット様を押し込んだ。穴埋めに使ったのが帳簿の書き換え」
ついに出た。私が主役を外された理由は趣味ではなく、最初から金の流れに組み込まれていたのだ。
「ありがとう、ございます」
「お礼は舞台でして。私はもう裏で十分働いたわ」
ブリギッテはそう言って帰っていった。
帳を閉じると、フリードリヒが茶器を置いた。
「十分か」
「ええ。もう、慈善公演と巡業補助金を別件にはできません」
裏会計帳が示したのは、ひとつの大きな真実だった。妹が主役を奪ったのではない。王都歌劇場そのものが、嘘を主役に据えていたのだ。




