第12話 元婚約者の買い戻し提案
エーミールからの手紙は、謝罪より値段表に近かった。
『慈善公演の件は誤解だった。配役台帳官としての地位も、婚約も、相応の形で戻してやれる』
相応、の一語に笑ってしまう。戻してやるという発想そのものが、まだ自分に権利があると思っている証拠だ。
「返事は?」
グレータが覗き込む。
「要りません」
「珍しい。あなた、こういうのは証拠用に丁寧に返すタイプでしょ」
「今回は別です」
私は二枚目を見せた。そこには条件が並んでいた。王都へ戻った後は北辺劇場との照会を打ち切ること。慈善公演と巡業補助金の件を外部へ話さないこと。リゼットへの名誉毀損に当たる発言を控えること。
「買い戻したいのは私じゃなく、沈黙ね」
フリードリヒは手紙を一読し、低く言う。
「こちらで回答する」
「内容は想像できます」
「想像通りだ」
珍しく、私も同じ気持ちだった。だが個人的な感情で断るだけでは弱い。だから私は、手紙の余白へ王都監査会宛の照会番号を書き添えた。正式回答はそちらへ、という意味だ。
午後、私は旧客席図と新しい売上表の整理を続けた。そこへ、北辺劇場の衣装係マティルデが持ってきたのは破れた衣装伝票だった。慈善公演の主役衣装一式、貸出先はリゼット。だが付随伝票には、急ぎの裾調整担当として私の名がある。
「これ、あなたが直したの?」
「ええ。あの夜、主役が私だったから」
エーミールは私を婚約者としてではなく、都合のいい保証札として扱っていたのだ。表には妹、裏には私。どちらかが壊れても公演だけは回るように。
「戻る気はさらさらなくなった?」
グレータが尋ねる。
「最初からありません」
私は破れた伝票を整え、証拠封筒へ入れる。
「でも今は、断る理由がもっと増えました」
奪われた女が元の席へ戻る物語は、王都なら好まれるかもしれない。けれど私が欲しいのは、もう誰かの予備席ではなかった。




