第11話 本物を名乗る歌姫の喉薬
王都から届いた荷箱の中で、いちばん雄弁だったのは喉薬の瓶だった。
北辺劇場へ誤配送された補給箱の中に、王都歌劇場宛の消耗品明細が混じっていたのである。そこには舞台用化粧品や糸巻きに紛れて、高価な喉薬が大量に記載されていた。使用演目は《白銀の花嫁》。しかも『主演者用』ではなく『幕裏補助者用』とある。
「幕裏補助者?」
私は明細をにらむ。
普通の歌手なら舞台直前に一、二瓶で足りる。だがこの数は、裏で別の歌い手が連日支えていなければ説明できない。
さらに箱の底から、小さな手帳が出てきた。薬剤師の納品控えだ。受取署名はアデル・ライナー。あの三十六歳の合唱主任の名が、ここでも出てきた。
「リゼットは高音部を自分で歌っていなかった」
ルートヴィヒが腕を組む。
「口パクまではしていなくても、重要部分だけ影から支えていたのか」
「ええ。しかも観客には秘密にしたまま」
私は納品控えをめくった。購入日は、慈善公演前夜から特別夜会当日まで集中している。つまり、主役交代が決まった時点で既に妹一人では役を支えきれないと分かっていたのだ。
「それでも“本物の歌姫”を名乗った」
怒りというより呆れに近かった。才能が足りないこと自体は罪ではない。だが、誰かの声を隠し、自分だけの栄光として売るのは違う。
フリードリヒは黙って納品控えを読み、短く言う。
「北辺の再開幕に、アデルを呼べるか」
「証言者として?」
「歌い手としてでもいい。影に置かれたままの人間を、また影に戻す理由はない」
その発想に、私は一瞬だけ言葉を失った。証言を取ることばかり考えていたが、この件の被害者は私だけではない。声を隠されたアデルもまた奪われた側だ。
「やってみます」
私は新しい照会状を書き始める。喉薬の本数、受取署名、演目日程、全部を並べれば、影の声はもう影のままでいられない。




