第10話 北辺劇場の再開幕
再開幕の夜、割れていた舞台鈴は澄んだ音で鳴った。
修理された緞帳の前で、私は配役台帳を抱えて立つ。演目は小編成の朗読歌劇《雪明かりの塔》。派手さはない。だが歌える者が歌い、弾ける者が弾き、客席の枚数だけきちんと札が売れた、嘘のない初日だった。
「満席ではないけれど、十分ね」
グレータが客席表を見ながら笑う。百二十席中八十七席。北辺劇場としては上出来だ。
私が幕脇で最終確認をしていると、ルートヴィヒが譜面を持って駆け込んできた。
「第二場の語り、誰か一人足りない」
「私が入ります」
昔なら当たり前にやっていたことだ。私は配役台帳へ自分の名を追記し、語りの位置へ立つ。主役ではない。だが、観客へ届く声を支える役は嫌いではなかった。
舞台へ出た瞬間、最前列中央のA-1が目に入る。そこにフリードリヒが座っていた。いつも通り無表情なのに、手元の席札だけは私の机にあったものと同じ番号だ。
朗読の一節を終え、袖へ戻る。客席から拍手が起こる。その量は王都歌劇場ほど多くない。けれど不思議なくらいまっすぐで、誰の虚飾も混ざっていなかった。
終演後、売上札と寄付箱を照合すると、金額は一枚のずれもなく一致した。私は思わず息を吐く。
「良かった」
「そんなに感動することか」
フリードリヒが近づいてくる。
「しますよ。合うべき数字がちゃんと合うのは、美しいので」
すると彼は、珍しくほんの少しだけ笑った。
「なら、この劇場はこれから綺麗になる」
拍手の余韻が残る客席で、その言葉は妙に温かかった。王都では舞台へ立つたび、誰かの都合で役を変えられた。けれど北辺では、私が台帳へ書いた通りに幕が上がる。
再開幕は小さな一歩にすぎない。だが観客の前で鳴った鈴の音は、ここがまだ終わっていないと証明してくれた。




