33:「おかえり、ただいま」の巻
蒼。
蒼の世界。
サツキは漂っていた。
いつか見た世界。
蒼。
ゆっくりと沈む。
さらに沈む。
蒼の世界はやがて光の届かない黒の世界へと変わる。
さらに沈む。
海溝の中をサツキの身体は深く、深く。
サツキは目を開けた。
周りはすべて黒の世界。
アビスの世界。
何もない。
そこは無の世界。
何も見えないはずなのに、彼女はそこにいた。
サツキにはすぐに分かった。
彼女がアビス。
アビスは聞いた。
ここにいたいの?
サツキは言った。
ここから出られるの?
アビスは言った。
それは、あなた次第。
サツキは言った。
なら、いつでも出られるね。
アビスが笑った。
サツキも笑った。
アビスは言った。
さすが、わたしの血を引く者だわ、と。
サツキは言った。
アビスもポジティブシンキング?
アビスは笑った。
ええ、そうよ、と。
すべては何もない世界。
黒の世界で二人は笑った。
◆ ◆ ◆
あれから一月が経った。
王宮の中央広場にサツキの像が建つ予定だ。
その工事の音が、アルの執務室まで聞こえてくる。
もうすぐ完成するその銅像は、大きな剣を背負い大空を見上げている。
まさに女勇者そのものである。
アビスの指輪は破棄されずに、アルの小指に収まっている。
何故なら、アビスの指輪はすでに、シスルの国に存在するものだから。
アルフレッド皇帝は“それを開発しようとする者”でもないし“それを手に入れようとする者”ではなかったから。
その黒い指輪があるべき場所を見つめながら、アルは物思いに耽る。
期待などしないほうがいい。
また、裏切られるだけだ。
その思いが胸を貫く。
なのにまた、期待してしまう自分がいる。
この指輪と同じ色の彼女は還らない。
頭では分かっているのだが、心が追いついてくれない。
心は理解せずに、ふとした時に彼女を思い出す。探す。
そして、心はきしむ。ここから動けなくなる。
執務机の上で丸くなっていた黒猫のアビが薄めを開け、にゃあ、と鳴いた。
時折、この猫はアルを慰めるかのように、鳴く。
それに答えるように、アルは黒猫の頭を軽く撫でると立ち上がった。
「少し、馬を走らせてくる」
アルはそうロベルトに告げると、マントを掴み外へと出た。
今日は港側ではない、反対側の海を走ろう。
広い砂浜に出た。
アルは無心に馬を走らせる。
砂が馬の蹄で飛び散る。
アルは途中で馬を止めた。
遠くまで続く海を眺める。
“アルの瞳は、海の蒼みたい”
ふいに、彼女の言葉が蘇る。
彼女の瞳はまるで深海―――アビスのような黒だった。
ならば、彼女は海の底にいるのだろうか。
彼女自身の髪と瞳と同じ場所に。
しばらく海を眺めていた。
やがて赤い太陽が海を照らし、その光の反射にアルは目を細めた。
長い時間が経ったようだ。
時間の感覚がよく分からない。
いい加減もう帰らなくては。
しかしどこへ?
“・・・なら、信じちゃった方がよくない?”
いつだったか彼女は言った。
しかし怖い。
また裏切られるのは。
しかし――――俺は
再びあの黒い瞳を――――見たい
笑い声を――――聞きたい
その肌に――――触れたい
――――逢いたい
ふいに右手の小指が熱くなった。
アルはその右手を見た。
術を使っていないのに、アビスの指輪が出現していた。
震える手で、アルは右手を前に出した。
アビスの指輪が七色の光を放っている。
それはやがて一本の光の筋を作り出した。
その光の筋は、夕焼けの空に伸びていく。
そして、そのまま放物線を描いて、シスラビス湾の海面に落ちた。
瞬間、その蒼い瞳がそれを捉える。
大きく海面が膨らんでいる。
その一点を中心として。
さらに海は夕焼けの空へと膨張する。
そして、弾けるようにそれは壊れた。
それと共に大きな波がアルのいる砂浜へと向かってくる。
馬が嘶いた。
アルは逃げなかった。
代わりに、暴れる馬から飛び降りる。
そして、アルはそのまま海へと走り出した。
途端、波にのまれる。
アルは、深く沈みこんだ。
そして、その中心だった場所へ向けて、海中を泳いでいく。
己の瞳の色と同じその中を、ひたすら泳ぐ。
そして、アルはたどり着く。
海面に顔を出し、大きく息をついだ。
目の前には、黒い髪と漆黒の瞳。
アルは自分のへばりついた前髪を後ろへ持っていきながら、言った。
「おかえり」
「ただいま」
サツキはにこっと笑った。
それは何もかも吹き飛ばしたような、そんな清清しい顔をして。
夕日の沈みかける海の上、ふたつのシルエットが重なった。
~『黒髪のアビス』完結 ~
完結です。
ありがとうございました。
あとは「あとがき」になります。
よろしかったら読んでください。
いやはやなんとか完結です。初小説です。感無量です。
日記は常に三日坊主だったので、書き終えられたのが、いまだ信じられません。
最後の一文
~夕日の沈みかける海の上、ふたつのシルエットが重なった。~
ここだけが書きたくて書き始めた作品です。もちろん、嘘です。
いやあ、思い切って投稿してよかったです。アクセス数に支えられました。
感謝感激、雨あられです。
最終話の海の夕日シーンの最後に、スタッフロールが流れて、バックにサツキに再び会えて喜ぶ面々を想像してくれるとありがたいです。
「お嬢~~お嬢~~」と泣きながらサツキに縋りつくモスリンド。
それを半目で見ているロブくんは、ちと涙目。
やっぱりくすくす笑ってるサミエルに、アルの背中をばしばし叩くフライ。
そんな様子を落ち着いて眼鏡を拭いているロベルトがいて。
それでもわたくし諦めませんわ! と叫んでいるマリアンヌに、まあまあと肩を叩いている父親のブライム公爵。
シャルルは変身動物キャンディを弟子に食べさせようと走りまわっています。
メアリーとハンナも笑っていて。
どうにかマインド号を取り戻したザッシュ船長が、船の上で歌っていたり。
エリザベスにカインが花を渡していたり。
そして、ヤヨイ姉が神殿の跡地で、白馬と共に元の世界へ還っていく。
で、「完」の文字をでかでかと中央に表示させちゃってくださいな。
波をざっぱ~んとさせちゃってください。決して「東」の文字は使わずに。
黒猫たんは最後の最後になぁんと鳴かせてやってください。
ラスト猫たんは外せません。ずぇったいに!
音楽は「カントリーロード」あたりで。あ、一気にジブリった。なんてこったぃ。
誰か忘れているような気もするけれど、まぁ、気にしな~い、気にしな~い。
4年前のアルフレッドの姉「アリエルの反逆」事件は、何だか今回、書ききれなかった感があるので、番外編として書こうかと思っています。予定は未定。
(人物設定になぜか、アルに10歳年下の双子がおるし。一度も登場してないよ、おい)
ぼちぼち、その後のサツキたちの生活も書いていこうと思いますので、よろしかったらそちらも読んでください。
≪番外編(http://ncode.syosetu.com/n6722x/)です。(2011.10.17追記)≫
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
あなたがいつかまた、めいの作品に出会ってしまう、そんな不運にめぐり合うことを夢みて・・・。
それでは、ばいならラナイバ。




