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Case8:自由という名の毒(2)

 数日後、また二人がやってきた。


「こちらがお母様の遺品ということですね」


「そうです。父が亡くなった後に誂えたドレスです。家でもよく着ていました」


 差し出されたのは、目を引く鮮やかな緑色のドレスだった。


「鮮やかな緑色ですね。あまり見かけない色」


「アストレル王国の特殊な技術で作られた染料から染色したとかで、母がこの色に一目惚れしまして。何着かこの色でドレスを作ったんですけど、なかでもこの一着がお気に入りだったので、なにか一つ選ぶならこれかと思いまして」


 ドレスを見た瞬間、頭の奥で何かが小さく引っかかった。

 引っかかるのだが、それでいてはっきりとは思い出せない、そんな感覚。だが、その正体はまだ、明確な形を持たない。


「それでは、お母様を呼び出してみましょう」


 ドレスに触れ、中空を見つめる。しばらくして、上品な顔立ちの女性が現れた。


「……初めまして。私は降霊術師のレイラです。あなたのお名前は?そう、こちらにいらっしゃるのはお子さんたちで間違いない?」


 私は二人に向き直り、「お母様がいらっしゃいました」と告げる。


「お子さんたちはあなたが、父親の――あなたの夫の呪いで亡くなったのではないかと思っていらっしゃるの。そう。次は自分たちじゃないかと不安に思って、ここに来たんですよ」


『私が死んだのは……神様が罰を与えたのかもしれません。夫が亡くなってから、夫が常に言っていたことを破り、自由に生きてしまったから』


 私は眉をひそめた。


「自由に生きたことで神罰がくだるなんて、そんなことあるわけないでしょう。自由に生きる権利は誰にでもあるわ」


 つい強い口調になる。そんな罰を神様が与えるだろうか。


『そうでしょうか』


「旦那様が生きていたときには何も許してくれなかったのでしょう?このドレス、とてもきれいな色ですね。ここまで鮮やかな緑色は、この国では見たことがない」


 そこで、彼女は懐かしむように少し目を細めた。


『若い頃は、もっと色々な色のドレスを着ていたのよ。でも結婚してからは、旦那様が地味な色以外を許してくれなくてね。派手な色を着ると、慎みがないと叱られるものだから、いつしか諦めてしまった。花を見ても、リボンを見ても、綺麗な色だと思うたびに、心のどこかで諦めなければと自分に言い聞かせていたわ』


 その言葉に、私は胸が締め付けられる思いがした。


『旦那様が亡くなって、初めて好きな色を選べるようになった時、涙が出たの。こんなに簡単なことが、こんなにも嬉しいなんて。だから、この緑色を見つけた時――もう、他には目もくれられなかった』

「そうよね、この緑色はとても綺麗」

『ええ。だから部屋の壁紙もこの色にしたのよ』

「ん?ドレスだけじゃないの?部屋?」


 グレゴリーとシャーロットの方に向き直り、私は問う。


「すみません。お母様の部屋の壁もこの緑なのですか?」

「ええ。そうです。母がこの緑色に惚れ込んで、染料を取り寄せて壁を塗り替えたんです」


 少しずつ前世の記憶が点と点を結び始めた。


「何着か、この色のドレスを作ったと言ってましたよね。これはデイドレスに見えますけど、普段家で着る服もこの緑の染料を使ってたりしました?」

『ええ。この色は気分を晴れやかにさせてくれるから……』

「母はほとんど毎日、緑色のドレスを着ていました」


 重い気分になりながら質問を重ねる。


「……浴室は?」

「母の部屋に付いている浴室もこの緑ですね」

「そう……」


 私は黙り込んだ。ドレスだけでなく、部屋の壁、浴室まで。

 同じ緑色に、これほどまでにこだわる理由。

 長年禁じられてきた自由への渇望が、その反動として、こんな形で現れていたのだとしたら。


「ごめんなさい。こんなことを聞くのは心苦しいのだけれど」


 私は中空を見つめながら話す。


「お亡くなりになる前、食欲不振や腹痛で悩まされていませんでしたか?あとは、手足の感覚がおかしくなるとか、手足に黒い斑点ができるとか」

『その通りよ。なぜわかるの?』


「それは……母が亡くなる前の症状です」


 グレゴリーが息を呑む。


「下剤とか、嘔吐を促す薬を飲んだりはしませんでしたか?」

『それは死ぬ前の話?』

「そうです。亡くなる直前の話です」

『ええ。飲んでいたわ』

「そう……そうですか」

 

 悪い予感が、最も悪い方向で的中した。


「この人には何もかも見えているのでしょうか。全て母が死ぬ直前にしていたことです。いや、でも体調が悪くなった時に、下剤や催嘔吐剤を用いるのは通常の処方のはずですが」


 私が母親と話している間、グレゴリーが困惑した様子で傍らのテオに問いかける。

 それらの薬は体の中の悪いものを出すために処方される。だからそれを聞いたことも不思議はないはずなのに、部屋には不穏な空気が漂っていた。


 ある結論に達した私は、辛い気持ちを抑えながら告げる。


「……あなたが亡くなった理由がわかりました」

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