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Case7:犬は知っていた(1)

第二章スタートです。

「本日はようこそいらっしゃいました。私は降霊術師のレイラです」


 いつものように黒いフェイスベールで鼻と口を隠し、来客用のリビングで依頼人と向かい合う。


 今日の依頼人は、恰幅の良い中年の男性――ロバート・ハーグリーブス氏だった。先月亡くなった前伯爵の一人息子だという。喪服らしき黒い上着を着ているが、疲労なのか苛立ちなのか、その表情には隠しきれない険しさが滲んでいた。


「単刀直入に申し上げます。父、アラン・ハーグリーブスの遺言書のことでお伺いしたい」


「遺言書、ですか」


「ええ。父は先月、心臓の病で亡くなりました。遺言書自体は書斎の金庫にきちんと保管されていて、開けてみたところ、こう書かれていたんです」


 ロバートはポケットから折りたたまれた紙を取り出し、テーブルの上に広げた。達筆な字で、確かにこう記されている。


『我が財産の半分は息子ロバートに譲る。残り半分は、この屋敷のどこかに隠されたもう一通の遺言書を見つけ、その条件を満たした者に譲るものとする。死後半年を経過しても遺言書が見つからない場合は、以下に記す施設に寄附すること』


「もう一通の遺言書……ですか」


「そうなんです。それで屋敷中をくまなく探させたのですが、どこにも見つからない。書斎はもちろん、寝室、書庫、地下の貯蔵庫、庭の物置に至るまで、使用人総出で探しました。それでも見つからないんです」


 ロバートは苛立ちを隠しきれない様子で、深いため息をついた。


「父は仕事一筋の人でした。家族との会話も少なく、正直に言えば、何を考えていたのかよくわからないところがあったんです。十五年ほど前に私が結婚した時に、敷地内に離れを建てて引っ越して行きました。それからは同じ敷地内に住んでいるといっても仕事以外で顔を合わせることはほとんどなく……」

 途方に暮れたように頭に手をやる。

「まさか、こんな謎かけのような遺言を残すとは思いませんでした。降霊術なら、父から直接聞き出せるのではないかと思い、こちらに参った次第です」


「なるほど。それでは、その遺言書を書かれたご本人――お父様を呼び出せばいいわけですね」


 私はいつもの説明をする。依代が必要なこと、神の国へ渡っていた場合は呼び出せないこと。降霊料は前金で五十万ゴルド、失敗の場合は四十万ゴルドを返金すること。そして、依頼によって利益を得た場合はその一パーセントをいただくこと。

 ハーグリーブス伯爵家といえば紡績で財を成した大富豪だ。遺産の半分の一パーセントだとしても、かなりの金額になることは間違いない。


「依代は……こちらを」


 差し出されたのは、使い込まれた革のリードだった。持ち手の部分は色が落ち、あちこちに嚙み跡らしき凹凸がある。


「これは、犬の散歩用のリードですか」


「はい。父が最後まで大切にしていた愛犬のものです。父は三年前に一線を退いてからほとんど毎日、自らこのリードを持って犬の散歩に出ていたそうです」

 ロバートは困ったように眉尻を下げる。

「父が生前愛用していた物と言っても自分にはよくわからなくて……。父の世話をしてくれていた使用人に聞くとこれが良いのではないか、と」


 仕事一筋だったという人物が、犬にだけはそこまで熱心だったというのは、なんとも意外な組み合わせだ。だが、依代としてはこれ以上ないほど適していそうだった。


「わかりました。それでは、始めましょう」



 リビングから降霊用の部屋に移動する。

 部屋はカーテンを閉め、間接照明で薄暗い。

 降霊は明るい場所でも外でもできる。これは謎めいた雰囲気を醸し出すための演出でしかない。

 

 リードを手に取り、目を閉じる。しばらくして、目の前に恰幅の良い老紳士が現れた。息子であるロバートとよく似た顔立ちだが、その表情には、どこか寂しげな翳りが混じっていた。


「いらっしゃいました」

 老紳士は懐かしそうに、私の手の中のリードを見つめている。


「あの、父は何と?」


 ロバートが身を乗り出す。


「もう一通の遺言書の在処を尋ねる前に、まずはご挨拶をと思います。アラン・ハーグリーブス様ですね、初めまして。私は降霊術師のレイラです。こちらは息子さんで間違いありませんか?」


『ああ』


「息子さんからのご依頼があり、降霊させていただきました。もう一通の遺言書のことをお伺いしたいのですが」


 単刀直入に聞くと、老紳士はしばらく黙り込み、それからぽつりと言った。


『マックスに聞け』

「マックス、というのは?」

『屋敷で一番、賢いやつだ』


 それだけ言うと、老紳士の姿はふっと薄れていった。まだ話は終わっていないのに、と慌てて呼びかけても、返事はない。どうやら、これ以上引き出すのは無理そうだった。


「マックス、という方をご存知ですか」

 ロバートに尋ねると、彼は少し驚いたように答えた。

「マックスは……犬です。父の愛犬の」

「え」

 思わず言葉に詰まる。まさか、屋敷で一番賢い存在が犬だったとは。


「その、犬に話を聞け、ということでしょうか」

「お父様はそう言っておられます。と言いますより、それ以外のことをお話しになりません」

 ロバートも困惑した様子で、眉間に皺を寄せている。

 

「申し訳ないのですが、父の住んでいた屋敷に来ていただけないでしょうか」

「畏れながら、犬の言葉は私にはわかりかねますが」

「ですが、父が言うのであれば、何か意味があるはずです。とにかく、マックスに会っていただけますか」


 こうして私は、犬に話を聞くという前代未聞の依頼を引き受けることになったのだった。

毎日お昼に投稿予定です。

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