幕間 パトリシア・ゴードンの新作
「ねぇアイリスさん、それってパトリシア・ゴードンの本?」
昼休み。
教室の中で本を読んでいたら友人のクララに声をかけられた。
「そうだよ。この前出たばかりの新作」
「えぇ!すごい!売り出されてすぐ売り切れたって聞いたよ」
「そうなんだ」
直接貰うから知らなかった。
パトリシアは律儀に毎回、出版されるたびに本を送ってくれる。
今回の本は新聞掲載されていない書き下ろし小説だ。
「それってあの事件の話なんでしょ?」
「あの事件を"元にした"話ね。怖いけど泣ける恋愛小説だよ」
「おもしろい?」
「もちろん」
「ねぇ、読み終わったら貸してくれないかな」
「いいよ。もう読み終わるから、明日貸すね」
パトリシアは当初、『人気作家フレデリック・ゴードンの娘』ということで話題になったが、その後ヒット作をどんどん世に送り出し、自身も人気作家としての地位を確立しつつある。
彼女はとにかく速筆で、商会の全面バックアップもあって、毎月のように新作を出版している。
よく考えたら、子爵家に嫁いでから愛人にうつつを抜かす夫の代わりに家を支えつつ、定期的に父親に原稿を送っていたのだから、執筆に専念できる環境になったらそうなるか。
余談だが、パトリシアが作家になってどんどん出版しているのを知って、元夫は上から目線で「復縁してやってもいい」とすり寄ってきたようだが、離縁の時にパトリシアの代理人となったプルトンが華麗にシャットアウトしたらしい。
さらに余談だがプルトンとパトリシアは離縁の時に共闘している中で信頼関係を築き、今は出版担当者と作家という枠を越えて親密になりつつあるという。
プルトンはパトリシアより十歳くらい上だけど、仕事ばかりしていて未婚だそうで、パトリシアには今度こそ幸せになって欲しいと思う。
私が読んでいた「真実の愛の行方」は実在の事件を下敷きにした恋愛ホラー小説だ。
身分の違いがありながら真実の愛を貫いていたというカップルだったが、男の方には家の決めた婚約者がいた。
男は貴族としての地位も身分も、婚約者も捨てるつもりはなく、学生時代の遊びのつもりだった。
女にせっつかれて思い余った男が女を殺し、その罪を婚約者に被せたものの、女が男に取り憑いて男がどんどん追い詰められて行くというストーリー。
どこかで聞いたことのあるストーリーだ。
これは私が情報を流したわけじゃない。
あの事件は大スキャンダルとしてみんな噂していたし、新聞にも大きく載っていたから、パトリシアはそれをヒントにして創作しただけだろう。
特に彼女が取り憑いていたなんて誰も知らないはずだ。
パトリシアの想像力と人生経験から導き出したストーリーが、かなり事実に近くなってしまっていて驚いた。
男の婚約者も、何の罪もない才色兼備の女性として描かれていて、彼女の名誉回復にも繋がりそうだから、あの家としてもネタにされて怒ったりはしないだろう。
主人公のモデルとなったあの男の家だって、創作に文句をつけたら笑い者になるだけだ。
あの事件は新聞の記事では『薄っぺらな真実の愛』なんて書かれていた。
でも全然『薄っぺら』なんかじゃない。
生きてる人に干渉できるほど、死んだ人に力なんてない。生きてるってそれだけで強い。
伝えたい言葉があっても伝えられない
ずっとそばにいても気づいてもらえない
私が会ってきた霊はみんなそうだった。
――彼女以外は。
彼女は彼に取り憑いて、彼の体調を崩した。
彼にも負い目があったから、彼女の気配を敏感に察知したのかもしれない。
あの日の彼女は悪霊と言ってもいいほど禍々しい空気をまとっていたけど、彼が『依代』になったということは彼女にとって『愛着のある大切なもの』ということになる。
いや、愛着というより執着といった方がいいのかもしれない。
この小説はそういうことも書かれていた。
強すぎる愛は執着となる、と。
パトリシアさんは死んだ彼女の執着や彼に対する未練すらも『真実の愛』として描いていた。
だから怖いホラー小説でありながら、哀しい恋愛小説でもあって、読んでいるうちに泣けてしまった。
私の未練はどうなったんだろうな。
私には前世で死んでから生まれ変わるまでの記憶が全くない。
死んでからすぐ生まれ変わったのか、死んだ後の記憶がないだけで私も未練を抱えた幽霊になって取り憑いたり彷徨ったりしていたのか。わからない。
でも前世で生きていた時の記憶は、死ぬ瞬間までちゃんと残ってる。
――前世の記憶があるのも、不思議な力があるのも、神様からの恩恵でなく罰なのかもしれない。
少し重い気分になって本を閉じた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
第一章はこれで完結です。
金曜日から第二章開始予定です。
第一章をお読みいただきありがとうございました。
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