Case6:真実の愛(3)
「彼女とあなたは愛し合っていた。でもあなたはベアトリスさんと別れるつもりはなかった。侯爵家との繋がりは切れなかったから」
可憐な令嬢だと思っていた女が、低く冷たい声で語り始める。否定しなければ、と思うものの声が出ない。
「なのにセシルさんが『真実の愛』だと吹聴し、あなたは窮地に立たされていたのでしょう?」
私の腕から手を離し、一歩下がって令嬢が続ける。
「侯爵家との婚約を失えば、あなたの家は社交界から転落する。そしてこう考えたんです。セシルさんを消し、その罪をベアトリスさんに着せればいい、と。あの日あなたはセシルさんをそそのかしてベアトリスさんを事件現場となる郊外の家に呼び出させた」
令嬢はじっとこちらを見ている。その眼差しには、これまでのどこか浮世離れした雰囲気とは違う、鋭い確信があった。
「ベアトリスさんが来る前にセシルさんを殺して家の外に出て、ベアトリスさんが来たのを見計らって警備兵を呼んだ。警備兵は『女性の叫び声が聞こえた』という証言であの家に向かったらしいですが、それを申し立てた人はいつのまにかいなくなっていたとか」
まるで現場を見ていたかのように語る口調には揺らぎがなかった。
「そして警備兵は呆然と座り込むベアトリスさんと、血まみれで倒れるセシルさんを発見した」
そこで一度、言葉を切り、視線をまた自分の後ろにやる。
「セシルさんはあなたのことを恨んでいます。それはもう激しく」
「……どうしたらいいんだ」
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。とうとう、隠し通せると思っていたものが暴かれてしまった。
「まずは罪を告白し、ベアトリスさんの冤罪を晴らしては?」
「……それは」
「そうですね。真実を告白したらあなたが捕らえられます。でも、真実を告白しない限りセシルさんはあなたに取り憑いたまま。今の体調不良も治らずに苦しんで呪い殺されるでしょうね。それでもいいなら、そのままになさってはいかが?」
ごくり、と唾液を飲み込む。
「……真実を告げれば、この苦しみから解放されるのか?」
「あなたができることはそれしかないのでは?罪を償い、彼女に誠心誠意許しを請うことしか」
「そうか……」
その言葉を最後に、アルフレッドはがっくりと肩を落とした。
歓談の声が響く会場の隅で、輝かしい夜会の装いをした青年が、まるで全ての力を失ったかのように立ち尽くしている。
「私は……ずっと、怖かったんだ」
ぽつりと呟く。
「セシルを愛していたのは本当だ。でも家のことを考えると、彼女を選ぶことなんてできなかった。中途半端なまま、どちらも失いたくないと思い続けていた」
ぐっと唇を噛む。
「そうしたら、セシルから妊娠したと聞かされて……。ベアトリスにも全部話すと……」
令嬢は何も言わず、ただ静かにその言葉を聞いていた。
「そんなことをしたら私はどうなる。侯爵家との婚約者が破棄されたら、私は後継者から外されるかもしれない。そう言ったらセシルがなんて言ったと思う?『私はあなたがいたらそれでいいの。それが真実の愛でしょう?』だと!」
「それで殺したということですか」
「セシルに、ベアトリスに一人で来るように宛てた手紙を書かせた。あの街外れの空き家でセシルを刺した。家の外でベアトリスが乗った馬車が来るのを待ち、ベアトリスが一人で家に入ったのを見て警備兵の元に……」
「ベアトリス嬢に全てを押し付けたということですね」
「……そうだ」
もう立っていられなかった。その場に崩れ落ち、声もなく泣いた。
いつの間にか令嬢はいなくなっていたが、見えない誰かの気配はさらに強くなっていた。
◆
数日後、アルフレッドは自ら警備隊に出頭し、洗いざらい自白したそうだ。
ベアトリスは釈放された。
新聞記事はベアトリスの冤罪をなかったことにするかのように、真犯人であるアルフレッドの非道さについて報じていた。
あとでエドワードに確認したが、セシルは妊娠などしていなかった。
降霊した時にも自分が妊娠しているとは言っていなかったから、アルフレッドの告白で驚いた。
アルフレッドを自分のものにするために嘘をついていたのかもしれないし、妊娠したと勘違いしていたのかもしれない。真相はわからない。
「本当にありがとうございました」
侯爵夫妻とベアトリスが口を揃える。
釈放されて二週間のベアトリスは、まだ顔色こそ優れないものの、芯の強さを取り戻しているように見えた。
「逮捕された時のことを、今でもよく覚えています。まさか自分が殺人犯として一生を終えるのかと、覚悟すらしていました」
ベアトリスは静かにそう言うと、深く頭を下げた。
「レイラさんがいなければ、私はきっと今頃……」
「いえ、解決して良かったです」
「依代がないと降霊できない、と聞きましたが人間でも依代になれるのですね」
「私も初めての試みでした。でも彼女は『真実の愛』の相手である彼に執着していたでしょうし、ひょっとしたら、と。私があのパーティーに潜り込むために侯爵様たちにも危ない橋を渡らせてしまって申し訳ありません」
夜会に招待客として紛れ込むため、侯爵夫妻に遠縁の令嬢に話をつけてもらい、招待状を貰って彼女になりすました。
もし露見すれば、侯爵家も罪に問われるような行為だ。
「いや、あなたのお陰で、あいつが自白し、娘の容疑が晴らされた。本当にあなたは私達の恩人だ」
侯爵は一言一言を噛み締めるように言う。
「ですが……殺人を犯し、私を陥れた張本人とはいえ、亡くなってしまうと心が痛みますね」
ベアトリスは表情を曇らせた。
今週の新聞の一面には、アルフレッドが牢の中で亡くなっているのが発見されたという記事が載っていた。
「お嬢様はお優しいのね。あなたに罪を被せようとした男なのに」
「自白し、牢に繋がれたあと食事も取らず、『許してくれ』とか『話が違う!』などと叫んでいたと聞きます。そしてある朝、看守が見回りをしていた時にすでに冷たくなっている彼を見つけたとか……セシルさんが連れて行ったのでしょうか」
「さぁ。彼に話を聞くことができれば、何があったかわかるかもしれませんけど、あまり聞きたいとは思いませんね」
「そうですよね……」
ベアトリスがそう言って目を伏せる。
侯爵夫人は娘の手を握り、侯爵も娘の肩をそっと抱き寄せた。
三人の間には、これまでの数ヶ月間の苦しみを思わせる、複雑な安堵の空気が流れていた。
依頼人が帰った後、テオが尋ねる。
「『話が違う!』ですか……なにか唆したんですか?」
「あら、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。伝えなかっただけよ。『どうやったら離れてくれるの?』って聞いた時に『絶対に離れない。一緒に神の国に行くの』って言ってたことを」
紅茶をひと口飲んで続ける。
「セシルさんの思いは強すぎた。私が降霊のためにアルフレッドさんに触ったら、ものすごい形相で怒鳴られたわ。ベアトリスさんが捕まったことも知っていたようだけど、これでアルフレッドさんを取られることはないって笑ってた」
ため息をつく。
「ベアトリスさんを救うために、アルフレッドさんには『彼女はあなたを恨んでいます』って言ったけど、あれは恨みではなかったと思う。側に寄った私には強い怒りの感情を見せたけど、アルフレッドさんに対しては怒りではなく――執着。そう、とてつもない執着だった。人間が依代になれるほどに。牢の中でもずっとアルフレッドさんに寄り添っていたんでしょうね」
テオは眉を寄せた。
「それは……彼にとっては、罰そのものですね」
「セシルさんにとってはただ、最後まで自分の想いを見てほしかっただけなのかもしれないけど」
「では、本当のことを伝えていたら」
「たぶん彼、逃げ切ろうとしたと思う。それか、罪を告白する前にセシルさんに引きずられて衰弱死してたか。どちらにしても、ベアトリスさんの容疑は晴れなかったでしょうね」
テオは何かを考えるように黙り込んだ。
「レイラ様は、時々ずいぶんと冷徹な判断をなさいますね」
「セシルさんの思いを邪魔することなく、ベアトリスさんを救うためにはそれしかなかったの」
窓の外に視線を移す。夕暮れの光が差し込んで、部屋の中を橙色に染めていた。
「本当に恐ろしいのは、幽霊なんかじゃない。生きている人が、都合の悪い真実からずっと目を逸らし続けることの方だと思う。アルフレッドさんは自分の罪をベアトリスさんに押し付けたまま、平然と日常を送ろうとしていたんだから」
アルフレッドの死亡を伝える新聞記事に目をやる。
そこには『真実の愛』という文字が踊っていた。
「真実の愛って怖いわね」
重くなった気持ちを振り払うかのように、わざと軽い口調で言い、肩をすくめた。
この世界の新聞は週一回発行です(Case3参照)
この後、後日談となる幕間二つを投稿し第一章完結予定です。
第二章も今週末から再開予定です。




