幕間 アイリスの休日
「休日、一緒に遊ばない?」
そう提案してくれたのは友人のクララだった。制服ではなく私服を着て、雑貨屋を覗いたり、本屋で新刊を吟味したり。降霊術師でも伯爵令嬢でもない、ただの学院生として友人と過ごす初めての時間は、思っていたよりずっと楽しかった。
「このリボン、可愛くない?」
「クララさんに似合うと思うよ。買ったら?」
「じゃあお揃いで買おうよ」
そんな他愛のないやり取りを重ねて、カフェで軽くお茶をした後、クララが「次はあそこ!」と勢いよく私の腕を引いた。
「実はね、王都で評判のよく当たる占い師がいるらしいの。中央広場にいつも出てるんだって」
――嫌な予感がした。
「せっかくだから見てもらいましょうよ」
クララに引っ張られるまま辿り着いたのは、案の定、いつも私が『占い師レイラ』として天幕を張っている場所だった。
「あら、残念。今日はいないみたい」
危なかった。背中に汗が伝う。もし今後、クララが客として訪れたら……今から心の準備をしておかなければならない。
「じゃあ別の人に見てもらおうか」
クララは切り替えが早い。私も内心では安堵しながら、別の場所に立てられていた天幕の中に入った。
占い師は五十代くらいの恰幅の良い女性で、テーブルの上にはタロットカードのような絵が描かれたカードが並べられている。カード占いの人らしい。
「あら、可愛らしいお嬢さんたちね。何を占いましょうか」
「私は恋愛について。どんな人と出会って結婚するのか!」
クララが先に椅子に座る。カードをめくりながら、占い師は「近い将来、大切な出会いがある」だとか、「相手は優しくて誠実な人」だとか当たり障りのない、それでいてちょっと嬉しくなるようなことを言ってくれた。クララは頬を紅潮させて喜んでいる。
「次はあなたね」
促されて、私も椅子に座った。
「何を占いましょう?」
仕事運について、が知りたいけどクララが隣にいるし……。
「じゃあ……私も、恋愛でお願いします」
言ってから、少し恥ずかしくなる。占い師はにっこり笑ってカードを切り始めた。
「ふむふむ……」
カードをめくる手が止まる。
「その人とはもう出会ってるね。ただ――」
思わせぶりに、ためを作って言う。
「その人とあなたには、大きな障害があるようだ」
(――それはそうでしょうね)
私は内心でため息をつく。障害のない恋愛の方が珍しい。占いの基本技法、コールドリーディング。私自身が占い師として使っている手口を、まさか客側で言われる日が来るとは。
「身分の差、立場の違い、あるいは他の誰か」
カードをじっと見つめながら占い師が続ける。
三つも候補を出せばどれかには当てはまる。占いの常套手段だ。そう思っても心臓の鼓動が早まる。
「その方は、あなたのことをとても大切に想っているようです。だけど、二人の間の障害は」
じっとこちらを見て言う。「大きいようだね」
どきり、とした。
(――これも、当たり障りのない一般論のはず)
そう自分に言い聞かせようとしたけれど、なぜか胸の奥がざわめく。心当たりが、ありすぎた。
「あの、その方って……」
「そこまではカードにはわかりません。ただ、焦る必要はないということだけは言えますよ。時が満ちれば、自然とわかる時が来るでしょう」
占い師はカードを集めながら、優しく微笑んだ。
「はい、以上です。三千ゴルドね」
我に返って財布を取り出す。支払いを済ませ、天幕を出た。
「アイリスさん、顔赤いよ?」
「え、そう?暑いからじゃない?」
誤魔化すように扇いでみせる。クララはニヤニヤと私を見ていた。
「もう出会ってる、って言われてたよね。誰のこと考えてたの?」
「べ、別に誰も思い浮かべてなんかないわよ」
「ふぅん」
絶対信じていない顔だ。クララはこういう時、妙に勘が鋭い。
歩きながら、先ほどの言葉を頭の中で反芻する。
大きな障害。
美しい顔をしたあの人が頭に浮かぶ。私とはあまりにも違う、化粧っけのない美しい顔。
――コールドリーディングよ。誰にでも当てはまる、ただの技術。
そう自分に言い聞かせても、ふとした瞬間にテオの顔が浮かんでしまうのはなぜだろう。
一度もそんな場面を見たことがないのに、テオとイズさんが二人並んでいる姿も頭に浮かぶ。お似合いだ。私とは、違う。
「アイリスさん?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「占いの結果、そんなに気になっちゃった?」
「べ、別に」
「怪しいなぁ」
からかうように笑うクララに、私はムキになって言い返した。
「本当に何でもないんだから!さ、次はどこ行くの?」
「じゃあ次は本屋!新刊の発売日なの」
話題を変えるように歩き出すクララの後を追いながら、私はもう一度だけ、天幕の方を振り返った。
占い師のあの言葉が、当たっているのか外れているのか。それは私自身にも、まだわからない。
でも――焦る必要はない、か。
そう思うと、少しだけ、胸のつかえが軽くなった気がした。
夕暮れの王都を、私はクララと並んで歩いていく。今日みたいな、なんでもない休日が、意外と一番の贅沢なのかもしれない。




