幕間 賞金稼ぎのアイリス
「負けました」
相手の投了の声に、ほぅと小さく息を吐く。
王都のカルロギルドで開催されたカルロの大会。ストラジテストクラスでは今週も私が優勝した。
優勝賞金は五万ゴルド。なかなかいい稼ぎになった。
降霊術は一回の稼ぎは大きいけれど、月に一、二回くらいしか依頼が成立しない。降霊代金の他に成功報酬も入ればラッキーだが、霊が呼び出せないことだってままある。
仕事場として使わせてもらっているホテルの部屋は、経営者である公爵夫妻が無償で貸し与えてくれているが、室料を支払っていたら完全に赤字だ。
だからといって派手に宣伝して集客するのは逆効果。降霊術なんて胡散臭いものは宣伝するほど逆に嫌厭される可能性の方が高い。
だから学院が休みの日、降霊術師としての仕事がなければ街角で占い師をして小銭を稼いでいることの方が多い。
だがここ数ヶ月はもっぱらカルロの大会に出て賞金を稼いでいる。
カルロにはビギナー、ノービス、ストラテジスト、エキスパート、マスターの五階級があり、私は最近ストラテジストに昇格した。
元々ノービスクラスだったのだが、毎週どこかで開かれる大会に出ては優勝(賞金を獲得)していたら、昇格してしまったのだ。
昇格したら賞金金額も上がるので、ますます力が入る。
ギルドの受付で賞金を貰おうとしたら、「ローエンさん、ギルドマスターが部屋に来てくれって」と受付嬢に言われた。
面倒だなと思いながらしぶしぶ二階のギルドマスターの部屋に向かう。
ギルドマスターというと、どうしても前世で読んだファンタジーから筋肉ムキムキの男性を想像してしまうのだけど、カルロギルドのギルドマスターは気のいいおじいちゃんという感じ。
そもそも「カルロギルド」は前世だと将棋連盟みたいな組織だから、ギルドマスターは過去にカルロで国内王者になったようなカルロ界の重鎮だったりする。
「アイリス・ローエンです」
「どうぞ」
ノックして声をかけ、部屋に入るとギルドマスターの他に眼鏡をかけた真面目そうな中年男性がいた。
「ローエンさん、今週も優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「こちらはボルテウス新聞の記者のホッチスさん」
そういって傍らの男性を紹介する。
ボルテウス新聞はカルロに力を入れていて、紙面にはいつもカルロ関連の記事が載っている。
「ホッチスです」
小娘に対しても礼儀正しく頭を下げる様子に好感を持った。だけど――
「取材ということでしたらお断りします」
笑みを浮かべながら機先を制する。
ギルドマスターも記者さんも海千山千のベテランたちだ。私に表情を読ませない。
「僕はね、君のことをとても買ってるんだ」
にっこり笑ったギルドマスターが言う。「女性初のマスタークラスの選手になるんじゃないかってね」
すみません。なりません。
「カルロは趣味です。仕事にするつもりはありません。大会に出るのは学生のうちだけと決めていますし、マスタークラスだなんてとてもとても」
私の実力では、到底無理な領域だ。そもそもストラジテストだって。
「学生でマスターに上がった選手も少なくない。現在のカルロ王者であるハロルド・リステン、それにその前の代の王者だったアレン・バストウも在学中にマスターになっている」
ギルドマスターの口からよく知っている二人の名前が出てきた。
「そのお二人の名前を聞くと、ますます私には無理だと。私はカルロを楽しみたいんです。上に行けば行くほどカルロが楽しくなくなりそうで」
彼らの真剣勝負は、ただの傍観者に過ぎない私にとっても息が詰まるような緊張感に包まれていた。
当事者として身を置くには、相当な精神力を必要とする。
「なぜですか?あなたはとても素晴らしい才能の持ち主です。それにここ数ヶ月の活躍は目を見張るものがあります。あなたはもっと上に行けるはずだ。なぜ上を目指さないんですか」
「マスタークラスはカルロに人生を捧げた人達が揃う場所です。私のように『カルロは趣味です』という人間が行っていい場所はない。それこそ『カルロは自分の人生だ』という人たちばかりではありませんか。リステン氏にしろバストウ氏にしろ」
「カルロに人生を捧げる気はない、と?」
ホッチスさんが問う。
「そうです。バストウ氏のように命を削ってまでカルロに打ち込む覚悟はありません」
アレンが、もう思い残すことはないと言った時の寂しそうな笑顔が頭を掠める。
ギルドマスターとホッチスさんは顔を見合わせてため息をついた。
「ひとつだけ、確認したいことがあります」
ホッチスさんが言う。
「なんでしょう」
「あなたはアレン・バストウの弟子ですか?」
「違います。弟子だなんておこがましい」
そう言って笑う。
「君は気づいてないのかもしれないが、君の戦い方はアレンによく似ている」
ギルドマスターはテーブルの上に視線を落としたまま語り始めた。
「あれは私の弟子でな。君の言うとおり命を削ってカルロに打ち込んでいた。亡くなる少し前、『時間が足りない。あともう少しで新しい戦法が完成しそうなのに』と言っていた」
そこで言葉を区切り、私の顔を見つめる。
「君が使っている戦法はアレンの言っていたものに見える。これは偶然かね?」
これはもう、ごまかしきれない。ふぅ、と息を吐く。
「私はアレンさんの弟子ではありません。ただ、一週間ほど付きっきりでカルロを教えてもらったことがあります。その戦法のこともその時教えられました」
真実の中に嘘を紛れ込ませる。一週間でノービスだった私がストラジテストで優勝できるようになるわけがない。
私はそんな天才じゃない。
「アレンは新しい戦法を生み出し、それを定石にするのが夢だった。君がその夢を継ぐ気はないか?」
「その戦法はまだ完成形ではないこと、ギルドマスターなら気づいてますよね?戦法を完成させるには私では力不足です。でも数年後、きっとアレンさんの夢は叶うと信じています」
「……君の他にもアレンの新しい戦法を教えられた者がいると?」
「どうでしょうか。でも私が知っていて、ギルドマスターも知っている。そしてもうひとり」
思わせぶりにそこで言葉を切る。
「ああ、だが彼は最近負けが続いている。彼が見限ったら、アレンの夢が潰えてしまう」
「彼が見限る時は、この戦法が定石になりうる可能性がなくなった時でしょう。それまでは彼を信じませんか?」
ギルドマスターの部屋を後にして、ホテルの一室に戻る。
一人になってからポケットの中の駒――依代を掴むと彼はすぐに現れた。
『ごめんね』
「いいんですよ。アレンさんは戦法を試したい。私はお金を稼ぎたい。win-winの関係ですから」
あの日、『もうこれで、思い残すことはないよ』と言った時の寂しそうな笑顔にかすかな未練を感じた私は、ハロルドさんに駒をもらって、またアレンさんを呼び出した。あの戦法を実戦で試してみたかった、という彼の願いを叶えるために大会に出ている。
『でもストラテジストくらいでは普通にあの戦法使えちゃうんだよな。エキスパートやマスターなら磨けるかもしれないけど』
そう言いながらちらっと私を見る。
「ダメですよ。ストラテジストまでという約束です。それにそこまでなら目立たないだろうからと思ってたのに、取材まできちゃったんですから」
大会で優勝できるのも、アレンさんを降霊させ、アレンさんが考えた手を私が代理で打っているからだ。
前世で読んだマンガにも似たようなのがあったな。さしずめ「アイリスのカルロ」か。――語感が悪いな。
『でも君の言う通りだよ。僕も最初はカルロが趣味で、カルロを楽しんでた。いつのまにかカルロを楽しめなくなっていたんだよな』
「今は楽しいですか?」
『楽しいね』
間髪いれずにアレンさんが答える。
国内王者だったアレンさんにとってストラテジストクラスは子供の遊びくらいの感覚だろう。でもカルロを純粋に楽しむにはそれくらいのレベルが良かったのかもしれない。
『だけどもう少ししたら神の国に行くよ』
「見届けなくていいんですか?」
『うん。信じてるからね』
アレンさんはその一ヶ月後に『もう上がるね』と言って消えてしまった。その時の彼の笑顔は、あの時と違って晴れやかだった。
カルロの大会に出るのもそこでやめた。私の実力だけではストラテジストクラスの優勝は難しい。
それからしばらくしてハロルドさんが王者決定戦で優勝し、二連覇を達成したというニュースが入った。
昨年の大会以降に使い始めた新たな戦法が話題になる中、ボルテウス新聞にはハロルドさんのインタビュー記事が載っていた。
――これはアレン・バストウが生前研究していた戦法です。彼から引き継いでこの一年研鑽を重ねてきました。
まだ完成とは言い難いですがこれからも磨き続けて、これを定石にすることが僕の目標です。
『信じてるからね』
アレンさんの言葉が頭をかすめる。
新聞の上に、アレンさんの降霊に使っていたカルロの駒を置いた。
もう呼んでも出てこないアレンさんが、どこかでこの記事を目にしているといいなと思いながら。




