幕間 それぞれの愛のかたち
「三十年も神の国に行かずに留まっているってすごいことだよね」
王都に戻る馬車の中、何の気なしにテオに話しかけた。
「そうですね。よほど強い思いを持っていたのでしょう」
「テオは……」
口に出してから、言っちゃいけないことだったかなと思って止める。
ん?という顔をしながら続きを待つテオに恐る恐る聞いてみた。
「言いたくなかったら言わなくていいんだけど、もしテオが先に死んでいたとしたら、神の国に行かずにずっと見守っていた?」
誰より先に死んでいたら
誰を見守るのか
言わなくても伝わったようだ。
「俺は浅ましい人間なので、相手に幸せになってほしいと願いながら、俺じゃない別の人と幸せになる姿は見たくなくてさっさと神の国に上がると思います」
微かな笑みを浮かべながらテオが言う。
いつも冷静、というか冷たいくらいの物言いなのに、あの人のことを語る時だけ言葉に少しだけ熱を感じる。
「色々な考え方があるんだね。お嬢様の幸せを願いつつ綺麗な花を咲かせ続けた庭師。美しく咲き続ける花を見ながら、ひとりの世界で生き続けたマーガレット様。テオのその気持ちもきっと、愛なんだろうな」
「どうなんですかね」
照れくさいのか、そう言い捨てて窓の外を見る。
本当はテオのことを心から愛していたのに「気持ちには応えられない。自分のことは忘れて幸せになって」と突き放したあの人の気持ちもきっと、愛。
テオが依頼者として私の元にやってきて降霊した時、テオの愛の言葉を聞いたあの人――イズさんは、そっけない態度でテオへの言葉を伝えてきた。
でもその後、泣き疲れたテオが眠ってしまったあと、たくさん話しをしてくれた。
子供の頃からずっとテオのことが好きだったこと。
それが友情ではなく愛情だと気づいたのは十代後半の頃だったこと。
でもその気持ちを口にして、テオとの関係が壊れてしまったらという不安から死ぬまでずっと言えなかったこと。
自分が死んでからどんどんテオの生活が荒れていき、危険な仕事に志願して自分の命を削るテオに心を痛めながら、見守るしかできないもどかしさを感じていたこと。
死んでしまった自分にはもう何もできないと悟ったこと。
『私も好きだと言ってしまえば彼はまた私の存在に囚われてしまいます。彼を幸せにできるのは生きている人だけ。私にはもう無理なんです。でも彼には幸せになってほしい。私の分まで幸せになってほしいんです』
そう言って笑う、寂しそうな笑顔は今でも忘れることができない。
マーガレット様は「囚われてしまった」のだろう。
離れの窓から見える庭の花は、彼との幸せな思い出の象徴だった。
しかし自分のせいで愛する人を死なせてしまったという罪の象徴でもあった。
庭師はただ彼女が好きだった花を咲かせていただけだ。
少しでも彼女の慰めになるように、花を見て笑ってくれるように。
それが間違っていたとは思わない。だけど、庭師の深い愛は、生きているマーガレット様を三十年間あの窓辺へ繋ぎ止めてしまったのかもしれない。
あの時、寝ているテオの頭を撫でるようにしながらイズさんは言った。
『きっともう、大丈夫だと思います。私は神の国に行きますね』
「見守らなくていいんですか?」
『はい。彼に幸せになってほしいと願いつつ、私じゃない誰かと幸せになるのを見たくないんです。私もたいがい嫉妬深い性格なので』
さっきのテオの言葉を聞いて「同じこと言ってる」と驚いた。
イズさんは神の国に行ってテオを待っていると言っていた。
テオが神の国に来たらたくさん話しをしたいんだそうだ。
自分が死んでからのテオの人生をテオの口から聞きたいと。
『でも自分の気持ちは絶対言ってやりません』
そう言っていたずらっぽく笑う顔はとても美しかった。
そんな秘密を共有してしまったからには、私もテオが幸せになれるように応援しなければならない。
――テオがいつか、素敵な人と出会って幸せになりますように。
馬車の窓から空を見上げて神様にそう祈った。
少しだけ、自分の気持ちに嘘をつきながら。




