幕間 公爵夫人とのお茶会
恒例の公爵夫人との月一度のお茶会。
ここでの話題は、夫人の経営する商会であり、私が顧問を務める「リリー化粧品」に関することが多い。
どんな商品が欲しいかという商品開発から、どのように売るかという販売戦略まで。
毎月三十万ゴルドという高額な顧問料(公爵家にとっては全く高額ではないらしく、もっともっとと顧問料を釣り上げようとする公爵夫人を抑えるのが大変だった)を貰っているのに私には特に仕事は与えられていない。だからこそこの月に一度のお茶会で私の持つ情報を出し、きちんと成果を出さなければならない。
「実際にその場で商品を試してもらうというのは面白いわね」
「人によって似合う色は違いますし、商品の扱い方もそこで教えてもらえると、また次もここで買おうと考えてくれるかと」
私がイメージしたのはデパートの一階の化粧品売り場。
BAさんに実際にメイクしてもらうアレだ。もちろんこの世界でやるとすれば、あんなオープンスペースではなくて個室になるだろうけど。
「貴族であれば家に派遣して、ということもできるわね」
「その通りです」
「なるほどね。少し考えてみるわ」
話が途切れたところで公爵夫人が同席していた侍女のエリサさんに目配せする。
エリサさんは先程まで私たちの会話を書き留めていた。前に出過ぎない有能な秘書という印象で、お茶会で席を共にすることはあってもほとんど話したことはない。
年齢は公爵夫人より年上の四十代くらい。
「改めてご挨拶させていただきます。私はエリサ・ブリックでございます」
そう言って優雅に礼をする。「侍女のエリサ」としか紹介されていなかったエリサさんだが、苗字があるということは貴族なのだろう。いや、それよりも「ブリック」って。
「テオドールはレイラ様のお役に立っているでしょうか」
テオの苗字がまさにブリックだった。
ハッとした表情をした私に向かって「テオドールの母でございます。息子がいつもお世話になっております」
とまた頭を下げる。
よく見ると確かにエリサさんはテオに似ている。クールビューティなスッキリとした顔立ち。華やかな美しさを持つ公爵夫人の隣だと目立たないけれど、エリサさんには元宝塚の男役だった女優さんのような凛々しさと美しさがある。
「こちらこそ大変お世話になっております。テオドールさんのように有能な方を派遣していただいて、たいした仕事もなくて申し訳ないくらいです」
「ええ。そのことで」
と眉尻を下げる。もしかして暇なら返せと言われるのでは?それは困る。
「レイラさんは息子がどんな仕事をしていたか聞いています?」
「えぇと……」
ちらりと公爵夫人を見ると、笑顔で頷く。
「情報収集などの仕事をしていたと……国内外の商会の支店を巡って商会員から情報を集めて公爵家に持ち帰るのが主な仕事だったと聞いています」
インターネットどころか電話もないこの世界では、情報を伝える手段が限られている。代表的な伝達方法である手紙は紛失や盗難などで情報が漏れたり届かない可能性もあるため、極秘の情報や重要な情報は口伝えになることが多いという。
「そうですね。その通りです。当家は代々公爵家に仕えておりまして、私も若い頃はそちらの仕事をしておりました」
「エリサは私がこちらに嫁いで来た時から側にいてもらっているの。こう見えてとても強いのよ。何度も守ってもらったわ」
強いって……文字通り強いんだろうな。テオにも一度、怒った依頼者が掴みかかって来た時に守ってもらった。
「テオドールが立ち直れたのもレイラさんのおかげです。ありがとうございます」
「あぁ、いえ、とんでもない。私にできたのはほんの些細なことですので」
「先程申しました通り、当家は代々公爵家に仕え、情報収集の仕事を承っています。諸国を巡ることもありますから各国の言語や風習を学んだり、護身術を学んだりという教育を、テオドールは幼少期から受けてました。テオドールだけではなく、公爵家が支援する孤児院でも優秀な子を引き取って教育を行ないます。私も実は孤児院出身なのですよ」
そういってエリサさんはニッコリと笑う。
「孤児院から引き取られた子は商会員になったり、屋敷の使用人になったり、私たちのような仕事をしたりさまざまです。テオドールは同世代の孤児院出身の子達と共に教育を受けてきましたが、その中で『イズ』という子がいまして、幼少期からテオドールとは仲が良く、長じて仕事のパートナーなりました」
以前、テオの依頼で降霊した時のことを思い出す。金色でサラサラの長い髪をして、ぱっちりとした青い目で、はっきりとした顔立ちをした、地味で平凡な顔の私とは対極だった。そして孤児だったなんて思えないくらい気品があり、立っているだけで絵になるような人だった。
「仕事のパートナーとしてだけではなく、普段からとても仲が良くて……だからイズが亡くなった時……」
エリサさんが視線を落とす「テオドールも死ぬんじゃないかって……」
確かに、初めて会った時のテオは顔色も悪く、痩せこけていた。
「私たちの仕事でいちばん大切なことは『生きること』です。どんなことをしても、わずかな可能性だとしても、生きて帰り、情報を伝えることを使命としています。幼い頃からそれを叩き込まれますから、自分では死ねないんです。でもテオドールは――」
自分では死ねない。
その言葉が重くのしかかる。
あれほどまでにボロボロになり、危険な仕事ばかり請け負い、あの人――イズさんに「連れて行ってくれ」と希うほどでありながら、決して自死は選ばなかったのは、幼い頃からの教育によるものだったとは。もしかしたら、洗脳に近いものなのかもしれない。
「レイラさんに出会わなければ、きっと今頃テオドールはこの世にいなかったと思います。本当にありがとうございました」
そう言って再び深々と頭を下げる。
「テオドールさんを救ったのはイズさんです。私はイズさんの言葉を伝えただけ。それに今は私がテオドールさんに助けてもらってますから」
私の正直な気持ちを伝える。テオはいつも冷静で、適切な助言をくれる。護衛としてだけでなく、助手としても得がたい存在だ。
あんなイケメンと一緒にいるのは気が詰まると最初は思っていたけれど、今では一緒にいて苦にならないどころかとても安心できるし心地いい。
「ですが、テオドールの仕事ぶりを聞くと相当楽をしているのではないかと。どんどんこき使ってやってくださいませ」
エリサさんはそう言うけれど、それほど仕事もないんだよな……。そう思ったことを見透かされたのか公爵夫人からも、助言を受ける。
「情報収集が得意なのよ?どんどん使ったらいいのよ。依頼者の素性を探るとか」
「ええ、テオドールだけでは難しい場合はこちらで請けることもできますので、気軽にテオドールに申し付けてくだされば」
エリサさんが笑顔になる。けれど目が笑っていない気がする。少し怖い。
年上の、押しの強い女性に逆らうことができるはずもなく、あれこれアドバイスされてほうほうの体で帰路に着いた。
帰りの馬車の中、ぐったりと座席に身をもたれさせていると、テオから「どうしたんですか?」と聞かれた。
「テオをもっとこき使えって、テオのお母さんと公爵夫人から言われた」
とテオに言うと、
「そうですね。まだ余裕がありますので、何でもお申し付けください」
と笑顔で返す。その笑顔はエリサさんとそっくりで、思わずブルっと震えてしまった。




