幕間 占い師レイラの日常〜論理的な男
ある休日の昼下がり。私は占い師として王都の広場の片隅にいた。
降霊術師としてのアポイントメントがない休日には今でも占い師をしている。
最初はお金のために始めた占い師稼業だけど、降霊術師としてお金が稼げるようになっても辞められなくて今に至る。
占い師には占い師なりの、降霊術師としての活動では得られない喜びや楽しみがあるからだ。
ただこの日は少し違った。
じめじめした雨の午後、客足は鈍い。
入口を開け放した天幕の内側から欠伸を噛み殺しつつ前の通りを見ていると、人影が差した。
男は入口に置いた看板をじろじろ眺め、鼻で笑った。
——あ、この人、面倒くさいやつだ。
第六感、いや、経験則が警鐘を鳴らした。
しかし貧乏神でもない限り追い払うわけにもいかない。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
微笑みを貼り付けながら、さりげなく男を観察する。
男は天幕の内側に入るなり言った。
「単刀直入に言う。占いはインチキだ」
うわー。前世でも何人か相手にしたやつだ。
そう思いながらも表情は変えない。前世も含めてそれなりの経験がある。
「そうですか……そういう方は多いですが、どうしてわざわざ占い師のもとへ?」
「論破しに来た」
めんどくせー
男はクロードと名乗った。彼は王都の学術院――私の通う貴族学園の上、前世で言うところの大学に当たる――の研究者だそうだ。それは上着のように羽織っているローブからもわかる。研究者のトレードマークだ。
「非論理的な商売が横行している」という話を聞き、その実証のために占い師を訪ねているというのだ。すでに三軒回ったが、全員「言葉を濁すか、怒るかした」とのこと。
「ここが四軒目だ。占いがインチキでないと証明できるなら、話を聞こう。できないなら廃業を勧める」
小雨が天幕を叩く音が聞こえる。
「……面白い」
ニヤリと笑って答えた。
「え?」
「やってみましょう。ただし」
手のひらを広げて見せる。「先払いです。5000ゴルド」
「……は? 金を取るのか?」
「何を言ってるんですか。こちらは商売ですよ。不服ならどうぞ帰ってください」
クロードは顔を赤くしながらも、渋々財布を取り出した。
ふふ。プライドが高い人は、引き下がれない。前世でも同じだった。
5000ゴルドがテーブルに置かれ、雨で湿ったローブを脱いでクロードが目の前に座った瞬間、私の中でスイッチが入った。
「では始めましょう」
意味ありげに目の前の水晶玉を見る。
クロードの観察は既に終わっている。
年齢は二十代の半ばくらい。学術院の研究者がよく着ているローブがまだ新しい。学術院を卒業して、研究者となって数年というところ。
本のインクが右手の人差し指についている。背筋は良いが、顎がわずかに上がっている。靴は高価だが少し汚れている。小雨の中、傘を持っていない。
(実家が裕福。勉強はできる。プライドが高い。そして——)
「あなたは王都の出身ではないですね。地方の、比較的豊かな家の出身だ」
クロードがわずかに目を細めた。
何も言わないが、動揺を隠したのが微かに感じられる。
王都では見かけないデザインの靴。でも使っている皮は上等。ということは実家がそれなりの資産家だということだ。少なくともうちよりもずっと。
「推測だ」
そう。推測だ。でもそれは言わない。
ここで意味ありげに少し間を置いた。
「最近、誰かと別れましたね。恋人か、もしくはそれに近い人と」
クロードの顔から一瞬で血の気が引いた。
シャツの右の袖口に、細い糸の跡。
刺繍の入った布を長く巻いていた跡だ。王都の流行で、恋人たちの愛の証。
最近外したのだろう。糸の跡がまだ浅い。だから、最近恋人と別れたと考えた。
「その方にまだ未練があるのではないですか?別れたことを後悔している」
靴が汚れているのも、雨が降りそうだった朝に傘を持って出かけていないのも、真面目で几帳面そうに見えるこの男がやりそうにないこと。着ているものはこざっぱりとしていてシワもない。元々だらしない男というわけではないはずだ。
靴が汚れていること、雨が降りそうなこと、そういう細かいことに気が回らないくらい何か他に気を取られているということ。それなのに占い師を論破して回るなんてことをやってるのは、暇だからということではなく解決しない問題にぶち当たってイライラして、八つ当たりしているようなものだろう。
その解決しない問題が仕事のことかもしれなかったから、一か八かの賭けだったけれど、彼が反論しないところを見ると賭けには勝ったようだ。
「二人の間に大きな問題があったわけじゃない。少しずつ少しずつ小さな問題が蓄積していって、あるきっかけで全てが壊れた」
完全にハッタリだけど、たいてい男女の仲が壊れる時はそんなもん。前世も今世も持ち込まれる恋愛相談は同じだった。
「もしこの先その人に復縁を申し込むならアドバイスをひとつ。話を聞いてほしいと言われた時はただ話を聞いてあげてください。彼女は論理的に解決してほしいわけでも、正解が知りたいわけでもないんです」
長い沈黙。
小屋の外で、雨足が少し強くなった。
「……なぜ、知っているんだ」
否定ではなく疑問。
当たっていたということだ。別れた原因がそれがどうかはわからなかったけど、この人はきっと持ち前の論理的思考を彼女にも使っていた気がした。
「占いの結果ですと言ったらあなたは信じてくれるんですか?」
何も言えなくなっているクロードを見ながら微笑んだ。
「当たっていたかしら?」
「……おまえのやっていることは占いではない。観察と統計的な推測だろう。詐術だ」
苦し紛れの言い訳にも聞こえるけど、言ってることは間違ってない。
占いの技法のひとつであるコールドリーディングには、観察と統計的推測も用いられる。彼はそれを占いではないというけど、私にとってはこれこそが『占い』である。
「『詐術』という言葉は否定しませんよ」
「だったら——」
「あなたは正しいと思います。論理的には。占いは論理的じゃないかもしれないけれど、人間だって論理的であり論理的ではない。その両方が本当なんです」
クロードは黙った。
「私が間違っていると言うのか」
「間違ってませんよ。ただ——」
クロードの顔を見据えてゆっくりと言う。
「人って必ずしも『正しいこと』を求めてるわけじゃないんです」
「……それは結論の放棄だ」
「そうですね。でも私は占い師ですから」
クロードは長い時間をかけて席を立った。
論破しに来た男の顔ではなく、少しだけくたびれた顔をしていた。
「……もう一度言う。おまえのやっていることは詐術だ」
「そうかもしれませんね」
私は立ち上がり、入口の布をめくりながら言う。少しひんやりとした空気が入ってきた。
「でも、お客様が帰る時に『来てよかった』と思えるなら、それは商売として成立していると思いませんか」
にっこりと笑ってクロードを見る。彼は無言で外に出た。
「ありがとうございました」
後ろ姿にそう声をかけると振り返って言った。
「……また来ていいだろうか」
一瞬驚いたものの、にっこり笑って答える。
「もちろん」
クロードは苦々しい顔を見せると、濡れた石畳を歩いて行った。傘は持っていなかったが、雨はもう降っていなかった。




