Case3:しゃべり過ぎた男(2)
息子たちが顔を見合わせ、夫人が顔を覆う。その反応だけで、何かを察したらしいことがわかった。
デーヴィスが「出てきているのはどんな男なんだ」と聞いた。
「息子さんお二人にどことなく似ている顔立ちで六十代手前くらいのお年頃、白髪交じりの短髪です。ひげはなく、眼鏡もかけておらず、おしゃれな方です――久しぶりに奥様に会うからおしゃれをしてきたと。でも奥さんからは見えないですよ。そうですか、気持ちのありようですか」
「間違いありません。ダニエルだわ」
驚いたように夫人が言う。声が震え、目には見る間に涙が溜まっていった。
「父は仕事上、守秘義務が課せられているものも多かったので外では何も喋らないようにしていたと言っていた。だから父に対してはそちらの捜査官のように『寡黙な人』という印象が強かったようだが、父の本当の姿は、たぶん君が見ている通りだ」
デーヴィスがため息をついて言う。
「そうだな。父は家では暇さえあればしゃべり続けていた。もし寡黙な男が出てきたというのであれば降霊術なんてインチキだ、詐欺だと言えるが……あなたの困惑した表情を見ていると、そこに父がいると信じざるを得ないな」
サモンも同意する。
「信じていただけたようであれば、次に進みましょう。ダニエルさん、指輪の行方をご存知でしょうか」
レイラが降霊した霊・ダニエルに聞くと、彼はあっさりと答えた。
『知っている』
「知っているそうです。犯人も知っていますか?」
『教えるのはやぶさかではない。ただ条件がある』
「教えていただけるそうですが、条件があると」
『俺の話を聞け。そして全て家族に伝えろ』
「話を聞けばいいのですね。わかりました。お聞きした話は全てご家族に伝えます」
その言葉に夫人は顔を上げ、息子二人は困ったように顔を見合わせた。一体何を聞かされるのか、その表情には隠しきれない不安が滲んでいた。
◆◆◆
それから先は、ダニエルの独演会のようであった。
ダニエルが話す言葉をレイラが皆に伝える。最初のうちは誰もが真剣な面持ちで耳を傾けていた。
『今年は雨が少なそうだから対策しておけ。十年ほど前にも雨が少ないことがあった。書斎の机に向かって右の本棚に当時の記録があるはずだ』
デーヴィスが真剣な表情で頷く。なるほど、これは有益な話だと誰もが思ったに違いない。
真面目な話をするのかと思えば、だんだんと下世話な話になっていく。
『地下の貯蔵庫の奥の棚のワインが飲み頃になっている。奥の右端の棚の赤ワインだからな』
『洗濯メイドのアンは新人の庭師といい感じだ』
『家令のジェイミーはメガネがあわなくなってきている。買ってやれ』
『副料理長が仕入先からマージンを貰っている。目溢ししていたがもうそろそろ釘をさしておけ』
『ベンは成績が良いらしいな。家庭教師が褒めていたぞ』
『デーヴィス、お前の浮気はシェリーも気づいているぞ。これ以上深入りするな』
デーヴィスの顔が青ざめる。先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、今は借りてきた猫のように縮こまっている。
『シェリーの散財もそのせいだ。使っている額も大したことないし、不肖の息子の慰謝料だと考えれば安いもんだ』
『いいかデーヴィス、家族を大切にしろ。家族とちゃんと向き合え』
サモンが呆れたように、俯いたデーヴィスを見る。しかしダニエルの矛先はサモンにも向かった。
『サモン、賭け事はほどほどにするんだぞ。賭け事で身を崩す人間を俺はたくさん見てきた』
サモンも俯く。先ほどの余裕はすっかり消え失せていた。
その後もダニエルの与太話は続く。
『春に生まれたあの黒い馬はいい馬だ。馬丁も丁寧に世話をしている。褒めてやってくれ』
『料理長のアップルパイが食べたいな。あの味はどこの高級レストランにも負けん』
『クラリスの侍女のハリーは腰痛か?たまに腰を押さえているようだ』
『温室の花が綺麗に咲いている。ベンもよく出入りしているようだな』
『今年のリリーは見事なものだった。もう盛りは過ぎてしまったが』
『最近入った新人庭師は腕がいいだけでなく、ベンにも丁寧に花の育て方を教えてくれているようだ』
『ベンが何を育てているか知らんが、もし花を育ててるなら咲いたら供えてくれ』
夫人はニコニコと話を聞いていたが、兄弟たちは次第にうんざりとした表情を浮かべ、興味をなくして退屈そうにしている。窓の外では日が傾きはじめ、置き時計の針だけが規則正しく音を刻んでいた。
ダニエルは三十分ほど話し続け、それを伝え続けたレイラの喉はカラカラに乾いていた。喉の奥がひりつくような感覚さえあった。
「ちょっと待ってください」
そう言ってダニエルの話を止め、冷めた紅茶を飲む。もう湯気の立たなくなったそれは、喉を潤すというよりただ通り過ぎていくだけのようだった。
そしてダニエルに問う。
「あの、まだ続きます?」
『まだ話し足りていないが、これくらいで許してやるか』
「話し足りないが、これくらいで許してやるとのことです」
兄弟もエドワードもホッとしたように息をつく。今にも椅子から崩れ落ちそうな安堵の表情だった。
夫人だけは少し寂しそうな顔をしていた。もっと聞いていたかった、とその横顔が語っていた。
「それで、指輪は誰が盗んだんですか?そしてどこにあるんですか?」
そう問うと、ダニエルは一言、
『全て話した』
と吐き捨てる。
「全て話した……?え、今の話に指輪は出てきていませんよね?」
『最初に俺の話を聞けと言ったはずだ。俺の話を聞いていたならわかるはずだ』
その言葉を伝えると息子二人もエドワードも動揺した。
夫人は何か考え込んでいるようだ。
「え、今までの話に?」
「何を話してたっけ……お前、ギャンブルで借金作ってるんじゃないだろうな?」
「兄さんこそ、浮気相手にこっそり渡したんじゃないだろうな?それか奥さんが盗ったとか」
兄弟が口々に言い合うが、母親であるクラリス夫人に一喝される。
「やめなさい、二人とも。ダニエルが何を話したのかもう一度、思い出しましょう」
そう言われてバツが悪いのか二人とも目をそらした。
「すみません、私もこんなことになるとは思っておらず……ただダニエルさんの言葉をそのまま繰り返していただけで、どれが重要な話だったのかとか気にしてなくて……えーと、何を話していましたっけ」
そう言うと後ろに控えていたテオドールがそっと紙を差し出す。
「箇条書きになりますが、控えておきました」
「ありがとうテオ。助かったわ」
さすがだ、とレイラは内心で感心する。護衛としてだけでなく、こういう地味な気配りがいつも助手として頼もしい。
レイラはテーブルの上に紙を置き、テオドールが書いてくれたリストを上から順に確認した。
デーヴィスとサモンの兄弟もリストを覗き込む。
クラリス夫人だけは、目を閉じてじっと考え込んでいるようだった。部屋の中に、これまでとは違う静けさが満ちていく。




