エピローグ
黒影が解剖され、肝臓の状態を昨年のオス個体と比較した結果、黄泉の国の栄養状態は徐々にではあるが良化して来ている可能性が示唆されていると報道された。
実際には上向きになっているとはいえ、まだまだ改善とは言えない状態ではあるが、意図的にポジティブに取れる情報が流された。
結果、世間に流れるプロパガンダは政府の意図した通り、黄泉の国保護に傾き始める。
それと併せて駿河湾内工事に対する妨害行動を逮捕する事が出来る、期間限定の条例が発令され、抗議活動は一気に縮小し、亀裂付近の弱った岩盤の補強工事が急ピッチで進められる。
その間、通常のサメで研究されたサメの嫌がるノイズを、現場で調整しつつ封印箇所から流し、黄泉の国側から工事箇所付近に禍津鰐が近寄らないような処置が取られて工事が行われた。
総理大臣の強い姿勢は熱烈な支持者とアンチを生み、常に大きな話題に晒されたが、禍津鰐被害の責任を負うという形で、翌年、一連の騒動に目処がついた所で退任した。
それから5年後、地上から黄泉の国へ繋がる穴と、その上の研究施設が清水に完成し、国際的な枠組みでの黄泉の国の研究が開始された。
初年度の研究では、駿河湾由来の巨大化した魚の群れや、駿河湾では未確認の魚の群れや巨大タコなどが多く観測され、黄泉の国の資源が新しい形で整っていることが確認された。
また、禍津鰐の稚魚も確認され、産卵と育児が行われるだけの環境が整っていることが発表された。
それからさらに月日は流れる。
清水の黄泉の国の研究施設。
【Chief Researcher】(訳:所長)
【Japanese Government Delegate】(訳:日本政府より出向)
というプレートがついた扉の前に
【AOI YAMAZAKI】
【Chief Information Officer】(訳:情報システム統括責任者)
というネームプレートをつけた女性が立ち、ノックをする。
返事は返って来ないが、不在を知っていた女性は、構わず入室する。
駿河湾を望む窓から陽光の差し込む静かな部屋で、女性は主が会議で不在の豪華な椅子を見て、何かを思いついたように口元を緩める。
周囲を確認すると、所長の椅子に深く腰を沈め、ゆっくりと脚を組み替えてふんぞり返る。
女性:「私の仲間になれば、世界の半分をくれてやろう」
誰もいない空間に向かって言い、不敵な笑みを浮かべた。
机の上の3つの写真立てに目がいき、写真の人物と目が合った気がした女性は姿勢を正す。
1枚目は結婚式の写真で、禍津鰐災害に関わった人物が多く写っていた。
教授が悪い笑顔をして山崎がそれをやや睨んでいるように見える。
この写真を見ると、教授がスピーチのつかみで話したエピソードが会場の笑いをさらい、山崎に向かってクールにドヤ顔をしていたことを思い出す。
2枚目は研究所設立時の集合写真で、ウイスキーの山崎25年を持った山崎の横に、碧も写っている。
博士号の取得と同年に設立された研究施設に、2人揃って出向になった時の写真だ。
3枚目には、小学生ぐらいの子供と両親の、笑顔が溢れる家族が写っている。
女性は優しい笑顔になる。
その時、扉がノックもなく開く。
女性は慌てて立ち上がり、姿勢を正す。
所長:「別に、座ってくれていていいのに」
ノートPCを持った白衣の男性は、慌てて立ち上がる女性に一瞬呆れたような視線を向け、すぐに優しい微笑みを浮かべた。




