プロローグ
3章開始前辺りからの黒影視点です
全身に古傷をまとうその雄は、仲間達の奇行を見ていた。
正確には、かなり前に自分もしていた行動だった。
その頃の自分は、周りからこう見えていたのだろう。
別の世界という、絵空事のようなことを訴え、外に繋がっていたはずの場所を声の反響で探し続けた。
外の世界を経験している自分から滑稽に見えているのだ。
以前の自分は、周りからどれほど愚かに見えていたのだろう。
だが、女王の出奔から周りの見方は一変した。
外の世界は存在した。
だが、出産を控えた女王は、近付くものを悉く拒否し続けた。
エサが枯渇しかけた世界は仲間を狂わせ、子供を食べるものが出たのだから、当然なのかもしれない。
女王の後を追った番の雄ですらも、外の世界から、その血の臭いがこの世界に漂い続けた。
女王からの警告だったのだろう。
誰もがその穴から出るのを躊躇い続けた。
空腹と女王への恐れの均衡が崩れようとした時、その時が訪れた。
またしても、外の世界への穴は、突然閉ざされた。
だが、今回は自分の時と違い、女王が凱旋することはなかった。
それが意味するところは分からない。
だが、あの女王が死ぬ姿は想像出来なかった。
しかし、外の世界にはエサの巣に擬態した化け物がいた。
エサの巣に擬態し、その特別な“声”で近寄るものの頭を破壊するあの化け物の手にかかれば、あの女王ですら、隙を作るかもしれない。
この世界のエサと比べて、小さなエサで溢れた世界だったが、自分達に迫るほどの大きなエサや、多くのエサが隠れるエサの巣があるあの世界。
だが、あの世界への穴が開くのは稀で、開いても瞬く間に閉じてしまう。
そして、我々にとっての天敵のいる世界。
そして、息の苦しいあの世界。
息が苦しくなれば、深いところへ潜るか、この世界への穴の近くへ戻るしかなかった。
だが、エサが枯渇しかけたこの世界よりも、息苦しくともあの世界へ行くべきだった。
それは、エサが増えて来た今も一緒だった。
奇妙な動きをし始め、その数も大きく減らしていたエサが増え始め、あちらの世界で食べた小さなエサも増えて来ていた。
そして、仲間の数が多少ないとも減っているのも、食べるエサが増えたのには関係があるのだろう。
だが、それでもエサに困らなかったあの頃のように食べることは出来ていなかった。
それゆえいつの頃からか、過去の自分のように、あの穴があった辺りへ仲間が集まり、壁に声を反射させて存在しない穴を探し続けた。
いつからか反射する声の響きに変化が見え始めた。
それは女王が出て行く前にあった響きの変化よりも、大きな範囲、大きな変化を見せていた。
次第に声を響かせる仲間は増え、その変化はより大きなものになっていった。
そんな時、穴が現れた。
今までよりも大きなその穴に、仲間達は躊躇うことなく外の世界へと出て行く。
その流れに乗じて外の世界へと出る。
そこは、あの時のような息苦しい世界ではなく、自分達の世界と遜色のない世界へと変貌していた。
そしてあの時と違い、エサの巣の気配が、いたるところから感じられた。
あの化け物と遭遇した方向と、反対の方にいるエサの巣を追うと、年寄り達が後をついて来た。
若いもの達は空腹からか群れを離れ、別の方向へと泳いでいった。
だが、過去に自分のした話は覚えていたようだ。
それぞれがエサの巣の気配のする方へと泳ぎ、次第に2つの群れに纏まっていった。
年寄り達は、外の世界を経験している自分に付き従った。
いくつかのエサの巣からエサを落とし、腹が満たされていくと、次第に理性を取り戻した他の2つの群れが、自分の先導する群れに集まって来る。
周囲からエサの巣の気配が薄くなり、自分達の国のように小さなエサの群れを、群れで追い込む本来の狩りをしていると、あの“声”が遠くから聞こえた。
エサの巣の気配を真似る、あの化け物の声だった。
その声は、やはりあの時の方角から聞こえる。
仲間に声を発したが無駄だった。
効率の良い、エサの巣の狩りで味をしめた仲間達は、年寄り達ですら、化け物の声に寄っていってしまった。
この辺りはあの化け物の縄張りなのだ。
こちらの世界へ来てから、一度も女王の気配を感じないのも、あの化け物の縄張りに足を踏み入れてしまったのだろう。
あの化け物の声から遠ざかるため、全力で泳いだ。
全力で泳いだその先には、遮るものすらない広い空間を感じた。
そして、その端すら感じ取ることの出来ないひろいう場所へ出るその前に、エサの巣が少し感覚を開けて泳いでいた。
正面のエサの巣を攻撃した時にそれは起こった。
エサを落とす直前、たしかにあの頭を破壊する特別な”声“をエサの巣が出そうとする気配を感じた。
幸い”声“を出される前に攻撃が成功していたが、遠くにいる残り2つのエサの巣が、あの”声“を発して来た。
遠く、不快感を感じる程度だったが、確かにあの”声“をエサの巣が出している。
外の世界は危険な場所だった。
得られるものも大きかったが、化け物がこんなに多くいるのでは、女王でもひとたまりもなかったのだろう。
自分達の世界へ戻ることにした。
少しずつではあるが、飢えて死ぬような状況は改善されつつあった世界。
化け物のいない、自分達が君臨していたあの世界へ帰ろう。
元の場所へ戻ると、あれ程いた仲間達の気配は1つも感じることは出来なかった。
この短い間に、全てあの化け物にやられたのか、自分達の世界へ逃げ帰ったのか。
だが、あの仲間達を呼び寄せたあの化け物の気配を感じることも出来なかった。
あの化け物の気配を警戒していると、先ほど遭遇した、あの”声“を出すエサの巣が、別の仲間を連れてこちらへ向かっている気配を感じた。
全てのエサの巣が、あの”声”を発していた。
仲間を沈められて起こっているのだろう。
幸い、エサの巣達はこちらを探すのが苦手なようだった。
見つかる前にあの穴から戻ろう。
だが、あの穴は既に消えていた。
自分が戻った時のように、仲間達が戻ったことで、穴は閉じたのかもしれない。
そんな時、新たなエサの巣の気配を感じた。
あの、特別な“声”を発するエサの巣の気配ではなく、無抵抗にエサを落としたエサの巣と同じ音をさせている。
そして何より、食べかけのエサを落としながら自分から逃げていた。
抗い難い臭いを垂れ流すエサの巣は、やはりあの特別な“声”を出すエサの巣と同じではないようだ。
怒り狂うエサの巣達から逃げる方向へ、芳しいエサの巣も逃げている。
どの道、あちらへ行くしかない。
どれほどのエサを積んでいるのか予想もつかないその特別なエサの巣を追うことにした。




