第17話 終幕
海雲丸からロープで括られて回収され、沼津港へ帰港すると、海雲丸は山崎達にお礼も言わせぬまま、由比港へと帰って行ってしまった。
その日、政府側は報告や議長が記者会見等で忙しいとのことで、山崎を乗せた車は庁舎へは、同じ方向の教授を拾いに寄っただけで、すぐに帰路へつくことになった。
車の中での教授との会話は、壁の崩壊前に度々観測されていた、黄泉の国側からのエコーロケーションに尽きた。
結果、栄養状態の良くない黄泉の国側で、黒影が経験し、クイーンが出て行った外の世界への出口を探していたのではないかとの見解で一致した。
目の見えない禍津鰐にとって、壁の穴を探るには水の流れを読むか、エコーロケーションしかない。
結果、それが共振でワイングラスが割れるように、弱った封印周辺の劣化を早めたという因果関係があったのではないかというのが教授の提示した説で、山崎もそれに同意した。
翌日、議長からの招集を受けて政府の車に乗り、教授と共に沼津港へと到着した。
稲垣は、一旦妻と0歳の息子の元へと帰っている。
多くの人をかき分け、規制線の中へ案内されると、いかにも海の男然とした気難しそうな初老の男が、尾ビレから釣り上げられた、古傷だらけの巨大なサメ──黒影を見上げていた。
海雲丸「こいつが黒影か」
哀愁が漂う姿と声色に、昨日の感謝を伝えに行くタイミングが分からずに戸惑っている山崎の肩を、後から叩かれる。
議長:「山崎くん、来てくれたか。
昨日は労うことも出来ず、申し訳ない。
ここに来て貰ったのは、昨年と同様、禍津鰐の解体に参加して貰うためだ。
そして、ちょうど今、君と直接会話がしたいという方と電話をしていた所だ。
ここは少々煩い。
車の中へ移動し、電話を変わってくれ」
議長の車の中へ入ると、驚くほどに、外の喧騒から切り離され、議長の声がクリアに響いた。
議長:「総理は今、とにかく忙しい。
簡潔に答えることを意識してくれ」
何の前触れもなく告げられた電話の相手の役職に、山崎はパニックになりながらスマホを受け取る。
総理:『私のことは聞いたようなので、自己紹介は割愛します。
山崎君、君の活躍は竹鶴君からの報告や会議のやり取りで把握しています。
単刀直入に言います。
政府へ籍を置きませんか?
君のやりたい研究については聞いています。
君の提唱する国際的な禍津鰐の研究施設に関しては、政府を巻き込むのが早いという君の考えは正しい。
で、あるなら、その研究施設へは、政府からの出向という扱いで君を送り込むつもりでいます。
そのためには、政府へ籍を置きつつ研究を続け、大学院へ進学して博士号を取得して、泊をつけてもらいたい。
そうする頃には、研究施設の建築も佳境を迎えているでしょう。
具体的には、これから設置される内閣府・海洋危機管理局の特別研究員として、今まで通り学業と並行して研究を続けてもらい、局長となる竹鶴君のサポートをしてもらいたい。
返答は1週間待ちます。
禍津鰐の解体に参加しながら考えてみて下さい。
では、竹鶴議長へ変わって下さい』
議長へスマホを返し、教授と共に車の外へ出る。
忙しいという議長の言葉の通りなのか、山崎がひと言も発する機会がないまま会話が終わってしまった。
…もしかすると、会議の中での様子から人見知りなのを見抜かれ、急に内閣総理大臣と話すという緊張も込みで配慮されたのかもしれない。
外へ出ると、既に海雲丸の船長の姿はなかった。
無線での話し方からせっかちそうだと感じていたが、想像通りの人だったようだ。
教授:「そういえば会議の時にも気付いていたんだが、黄泉の国を水槽にする話はもう議長に通していたんだな」
山崎:「清水の陸地に黄泉の国まで繋がる穴を掘って、国際的な禍津鰐の研究施設を作りたいなんて、個人の発信力では夢物語でしかないですからね。
去年は世界的な枠組みでの研究も実現しましたし、政府の力であれば実現可能だと思ったので。
先月、教授に相談して背中を押して貰った次の週、碧さんの家へお邪魔する予定があったので、その時に」
教授:「最初の会議の時、誰かが“禍津鰐を入れられる水槽など世界のどこにもない”みたいなことを言っていたが、黄泉の国自体を水槽に見立てるなど、君以外に思いつかないな。
…それにしても、彼女の家で父親への初めてのお願いが、結婚の許可ではなく研究所の設立とはな」
教授は呆れたような顔をするが、ふと何かを思いついたのか、顎の辺りに手を置き、考えながら話し始める。
教授:「……そうだな。
君達が結婚する時は、必ず私を呼んでくれ。
スピーチは私がしてやる」
山崎:「そりゃあ、言われなくても、そうなった時には教授にお願いすると思いますが、今思いついたネタはやめて下さいよ?」
教授:「それなら、今以上のネタを提供することをお勧めするね」
教授はイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
教授はふと、何かを思い出したような顔をした。
教授:「……そうだな。
私も今年で65になる。
君の卒業と共に隠居しようと思っていたのだが、君が博士になる姿を見届けるのも悪くないな」
山崎は苦笑いしながら、教授の言葉を、心の中で静かに受け止めた。
昨日、晩酌しながら7話分一気に予約投稿したら、一箇所、投稿順を間違えるというミスをしてしまいました。
しかも、予約を取り消していったらそのまま投稿されるという事に気付かず、3話分一気に投稿して、1日4話投稿…
まぁ、ちょうど切り良く9月中に完結出来るようになったと、ポジティブに捉えておきます。
皆さんは予約で投稿順を間違えたら、どちらかの話をコピーしてから投稿したものを削除して、割込みで投稿して順番を入れ替えるようにして下さい。




