第13話 索敵
沼津港に着くと、潜水艇も山崎達の車よりも先に到着し、現在海へ降ろしている最中だった。
雨が止むまで車で待機する中、響はここへ来る途中で買った新品のマジックを開封し、空中に何かを描くような素振りをしながらイメージトレーニングをしていた。
潜水艇が降ろし終わると、雨ガッパを着た響は、待ち侘びたとでも言わんばかりに飛び出し、マジックで船体に“頼政”という字を、何度も重ねて塗るようにして、レタリングのように太文字で描いていく。
響は道中白州に、潜水艇の外側に、名前を入れる許可を取っていた。
渋る白州に、「自分のものではないのですが、後で消せる程度なら、使用上の汚れということで」という譲歩を引き出していた。
知多が、響は自分のドローンには必ず名前を入れると話していた。
それに、2年前は、潜水艇にも囮ドローンにも名前を入れていた。
昨年そうしなかったのは、それほど心に余裕がなかったのだろう。
名前を描き終わり、白州に見せると「いいんではないでしょうか」と、当たり障りのない回答を貰っていた。
山崎は車の中で、山崎達が出発した後で詳細を詰められた作戦の概要を読み、雨足が少し弱まったタイミングを見計らい、ビニールに包んだPCの外付けGPUを持って潜水艇へ走った。
山崎が乗り込むと、既に3人は乗り込んでおり、それぞれが自分の担当するものの確認を行なっている。
白州は計器類。
知多一尉は新しく設置された、ソナーに関する計器と、ヘッドホン。
響はヘッドセットとプロポの確認をしていた。
山崎も、潜水艇に既に積み込まれていたポータブルバッテリーと、持ち込んだPCとe-GPUを接続していく。
セットアップを終えた山崎は、周囲の空気が話しかけても良さそうな雰囲気になるのを待ち、PCの画面を見ながら作戦の詳細の確認をする。
約30分後、興津埠頭から3隻、由比港から1隻の無人艇が出航する。
それらはまずは陸地沿いに移動して、別々の方向から同一の目的地へ向かい、北東寄りの沖へ集まるようにソナーで索敵する。
その中心が、AIが絞り込んだ推定活動範囲の中心となり、そこは田子の浦港と大瀬崎を結んだ中心付近だった。
索敵の後は、“黒影”を発見した位置で分岐することになっていた。
大きく分けて、大瀬崎より東か西で分岐し、さらに、海雲丸と潜水艇、それらが出航する港の近くにいた場合にさらに分岐するというものだった。
① 大瀬崎より西側だった場合
② 大瀬崎より東側の湾状の中に入っている場合
③ ①の範囲内で由比港の付近だった場合
④ ② の範囲内で、沼津港付近だった場合
①か②にいる場合、その位置に合わせて“黒影”に追いつかれないルートと速度を碧が算出し、海雲丸は由比港を出航後そのルートに従って囮を開始。
③の場合は海雲丸が捕まらない位置まで“黒影”が移動するのを待ってから出航。
①〜③の場合、”びゅうお“の海門が、潜水艇が沼津港を出航するタイミングのみ開かれる。
潜水艇は“黒影”の選択肢を狭められる比較的浅めの位置で待機し、そこへ海雲丸が誘導する。
④の場合は、海雲丸による誘導が可能な位置に“黒影”が移動するまで、海雲丸は大瀬崎付近で待機。
2時間“黒影”に移動の兆候がない場合、海雲丸による囮を断念し、“びゅうお”の海門を開放。
沼津港内で動物の血液パックを流し、沼津港内に“黒影”を招き入れる。
沼津港内へ招き入れる案は、“黒影”が暴れた場合に港の中にある全ての船に損害が出かねない上、潜水艇へのダメージが考えられるため、最後の手段となる。
クイーンを討伐したイサリビ作戦では、クイーンが潜っていたため成功したが、偶然に命を賭すことは出来ない。
高低差が大きければ、水平に泳ぐ相手に、下方から点で狙いうつことになる。
逆に、“びゅうお”付近の比較的浅い場所に“黒影”を誘導出来れば高低差が小さくなり、命中のレンジを飛躍的に広げることが出来る。
また今回は、潜水艇に有線の受信機が搭載された。
フロートに乗った電波の受信機が、有線で水中の潜水艇へと接続され、地上にいるのと同等の通信速度の獲得に成功した。
ただし、常時使えるのではなく、機動力を必要とされる場合は取り外し、今回のように迎え撃つ場合にのみ装着される。
潜水艇側に脱着機構が付いているが、高い水圧を受ける潜水艇にそんな脱着機構を付けることに、技術屋から強い反発があり、発案者の碧が、設計者とともに設計を何度も煮詰めて、ようやく改造工事が終わったばかりだった。
潮流に逆らえるよう、構造も線も十分な強さを持たせてあるが、強い波や流れで一定以上の力がかかった場合は潜水艇側を保護するため、潜水艇側の線の根本が外れて上側が全てパージされる仕組みになっている。
外部の支援を受けられるようにした仕組みだが、パージされた途端に大容量の通信はカットされ、山崎のAI PC頼りになってしまう。
本日の海の荒れ具合を考えれば、突然技術的な支援が途切れることを考慮しておくべきだろう。
なにはともあれ、どのパターンにしろ、“黒影”発見の報告を受けるまで潜水艇は沼津港の中で待機するということを説明している時、無線で連絡が入った。




