第8話 政府会議⑦──残影
教授:「想定通りと言えば想定通りだが、今、黄泉の国へのルート上にいられると厄介だな。
もしもバルーンを破壊でもされたら、黄泉の国へ送り返すことは出来ない。
禍津鰐の学習能力なら、一度使用した作戦は通用しない可能性がある。
一昨年“黒影”は亀裂に執着していた。
当時は駿河湾内の酸素濃度が今ほど高くなかったから当然ではあるが、またあそこに潜んでいないといいが」
山崎:「誘導開始から40分以上経ちますが、一度も群れ以外に水面への禍津鰐の反応が検出できていないのが不気味ですね。
無人艇のソナーのログを見てみたんですが、AIで数えても、散開した一番重なっていないところでも23匹は確認できませんね。
その後、亀裂付近を通過している時にも反応はありませんでした」
稲垣:「崩落後に23頭出て来たってのは確かだ。
俺も何度か確認したが、そこに間違いはない。
そして、戻ってるやつもAIは検出していなければ、直近で封印箇所のカメラに映ったやつもいない。
最悪、最初っから3つの群れじゃなく、3つの群れと1頭のはぐれもんの可能性も出て来たな。
駿河湾の外に出てたんなら、衛星映像での解析も圏外だ。
外で活動してる可能性もあるな…」
教授:「群れで活動するという前提に囚われ過ぎたな。
興津で苦い経験のある“黒影”なら、今の酸素濃度という制限のなくなった駿河湾では、苦い記憶のある場所を避けて遠くへ行く可能性も考えるべきだった」
議長:「衛星映像の解析、外洋にも広げられるか?」
碧:「天候が急速に悪化して来て、少し前から白波が立っています。
現在は駿河湾内に禍津鰐がいても確認することが出来ません。
念のため、映像ログで天候悪化前の禍津鰐の痕跡を、駿河湾の外側まで広げて索敵します」
議長:「碧は外洋の確認を頼む。
他の方法で禍津鰐を探す方法はあるか?」
指示を出すために碧の方を向いた際、隣の山崎が口元に手を当てて何か呟いているのが目につく。
議長:「山崎君、何か気になったことがあるのか?」
山崎:「出来るだけ絞り込むために、はぐれ個体が”黒影“だとして、教授の言うように興津方面を避けていると仮定して今までの駿河湾内のログを見直していました。
そうしたら、黄泉の国から出て真っ先に土肥の方へ向かった群れが、一度も興津方面へと向かっていない事に気づきました。
駿河湾を左右に割ったとすると、左側には近寄らない形で遠出を繰り返しているんです。
結果的に、他の2つの群れがその群れへ合流する形で1つになり、しばらくして土肥から進路を変えたところで、ノイズによって興津方面へ誘導されています。
この群れの意思決定をしていたのは、”黒影“ではないでしょうか。
そして、その動きが作戦開始直前まで続いていたことを考えると、”黒影“が離脱したのは、土肥と興津を繋いだこのライン上だと思われます。
…ちなみに、ソナーを積んだ無人艇は、何隻用意出来ますか?」
議長:「現在禍津鰐対策で用意しているものは4隻ある。
今、興津へ入港したものも燃料を補給すれば、4隻ともすぐに投入可能だ」
山崎:「“黒影”がいたと思われる群れのログで、避けていると思われる範囲を設定しました。
この範囲以外の場所を4隻で──」
稲垣:「途中で悪いが、今、駿河湾に入ってくる船の見張りはどうなってる?」
稲垣が低く険しい声で山崎の話に割り込む。
海自:「現在、上空にP-1哨戒機が1機と、護衛艦が1隻。
そして小型の多用途支援艇が2隻、この辺りの海域で警戒にあたっています」
海自の担当官がレーザーポインタで、遠くからモニターに映し出されたMAPの、駿河湾外側を指す。
稲垣:「電磁ノイズにトラウマを持つ“黒影”が、トラウマを持ってる防波堤の方からのノイズで、万が一にも一目散にそっち側に離れていたとしたら──もうそんなに時間は残ってないぞ」
背筋に冷たいものを感じながらも、山崎はキーボードを叩いた。
会議室の空気も冷たく震える。
山崎:「先ほどの禍津の群れが無人艇を追跡した速度で計算した場合、残り十数分で自衛隊の艦がいる海域へ到達します」




