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禍津鰐《メガロドン》──深層の目覚め  作者: 麦野ライト
第2.5章 山崎の夏休み

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山崎の夏休み ep-1 ──群体

クイーンの解剖は清水に、空気圧で支えるバルーン型の特設クリーンルームを設営しておこなわれた。

そこには世界各国から研究者が派遣され、共同の研究チームが結成されて迅速に行われた。

研究には教授と稲垣も参加することになり、リモートワークが中心の蘭も稲垣とともに清水に宿を取っていた。


山崎の論文は、そこに参加する全員に共有され、山崎自身も、議長と教授で大学に許可をとり、その研究に加わっていた。


クイーンの体にはその日のうちに刃が入れられ、翌日には臓器の摘出を完了。

3〜5日後には骨格や筋肉の分離。

1週間以内に残骸の処理を終え、外皮は剥製にされることになった。


摘出された臓器や組織は、即座に冷蔵・冷凍設備に送られ、研究チームによる二次解剖が行われている。



亀裂付近にあったオスの死骸も、翌日に潜水艇でエアバッグとGPSが取り付けられ、空気の力で浮上させて回収された。

回収後、クイーンの死骸とは別のクリーンルームが用意され、同様の処置が行われた。


山崎は教授と稲垣と共に、知多の葬儀後から二次解剖の現場へ配置され、主に稲垣の側で助手として体内の寄生体や共生体の調査を進め、定時前の全体報告の場にも参加して情報を共有していた。




6月から始まった研究は8月に入った今も続き、山崎は今抱える悩みを蘭に打ち明けることにした。


個室めいた雰囲気の喫茶店で蘭と合流する。


山崎:「今の研究はやりがいがあるんですが、もうすぐ予定していた、夏休みの水族館バイトがありまして…」


蘭:「バイトに入ることになってはいても、歴史的な研究をしている今、ただ約束だからということではないわよね?

…何かやりたいことがあるのね?」


山崎は静かに頷く。


山崎:「…はい。

別チームの研究で、やはり禍津鰐が群体行動をしていたであろう根拠が見つかりまして…。

今までの観察とは別に、群れの研究をしてみたいんです。

水族館の方には、確認もとっています」


蘭:「そこまでやりたいことが決まっていて、教授や稲垣に相談するんじゃなく私のところに来たのは、背中を押して欲しい…わけではないわよね?」


山崎:「はい。

効率良く群れの研究をするのに、どんなアプローチをしていいのか、アドバイスをもらいたくて。


禍津鰐の実際の体の研究は、今後世界のどこでも出来ないのかもしれませんし、他の誰かも昔からしている“群れ”の研究なんか、今優先することではないのかもしれません。

でも、もう外洋に出て来ることがないはずだった禍津鰐は現れ、前回以上の被害を出しました。

禍津鰐が群れで行動すると分かった以上、万が一への備えは急いだ方がいいと思います」


蘭:「…言いたいことは分かったわ。

元々引き留めるつもりもないけれど、あなたは自分の直感に従いなさい。


そして、群れに関してだったわね。

“システム思考”を身につけなさい。

”システム思考“というのは、個ではなく、関係を見るという発想よ。


私は海洋生物は専門ではないから抽象的な話になるのだけれど、群れというものは人にしてもその他の生き物にしても、個体の足し算ではないの。

群れという、関係の掛け算で動くものよ。


通常の分析は原因から結果という直線で考えるものだけど、群れというものは、フィードバックのループで動くの。

個体の行動が群れに影響し、群れの影響が個体に影響し、それがまた群れに影響する。

その循環が、群れ全体の動きを決めるの。

感情を持つ1つの個体も、群れに一度流れができると、それに誘導されてその流れに従う。

それが群れよ。


そして群れには”創発“という性質がある。

個体にはない性質が、全体になると突然現れる。

魚群の方向転換や鳥の群れの波のような動きも、個として見ていると、なぜそうなるのかが分からない。

あれは稲垣が言うには、リーダーがいて、何か信号を送っているというものではないそうよ。

意思ではない、群れというものが生み出す結果だと言っていたわ。

以前は分割して考えることを教えたけれど、群れというものは、部分を見るのではなく全体を見なさい。


そして、次が”システム思考“の象徴的な部分なのだけれど、構造を抽象化して見なさい。

”システム思考“では、具体的な個体ではなく、関係のパターンを見るの。

距離・役割・反応速度・影響範囲・情報の流れ。

これらを抽象化して、群れの構造を理解する。

優秀な研究者ほど、抽象化が上手いものよ。

具体から離れて、構造だけを見る力よ。


まとめると、

・個体ではなく、関係を見る力

・直線ではなく、循環を見る力

・部分ではなく、全体を見る力

・具体ではなく、構造を見る力

これらが群体研究の基礎よ」


そこまで言い終えると、蘭はコーヒーを口にする。


山崎はAIに文字起こしをさせているが、大事そうな部分を自分なりの言葉に変換してメモをとっている。


蘭:「もちろん、捕食者の群れは別の行動原理を持っている。

統率された群れは、独自のアルゴリズムを持つわ。

頂点捕食者である禍津鰐も独自のアルゴリズムを持っているのでしょうけれど、頂点捕食者の群れの研究は水族館では難しいかしら。


水族館バイトの間は、うちを使いなさい。

誰もいないけれど、いつも使っている部屋はどれも自由にしていいわ。

捕食者の群れに関しては、稲垣の書斎の資料を調べなさい。

他にも必要そうな資料は共有させるわ」


3年生の夏休み、水族館バイトでやるべき研究の、方向性が見えてきた。

美容院でカットしてもらっている時、最近インバウンドのインフルエンザが流行り始めたと聞きました。

職場にいる、悪い意味で流行に敏感な人間のことが頭に浮かびました。

…インフルエンサー的な意味じゃなく、インフルエンザ的な意味で。


今回のインフルは、薬を飲んでも熱が下がりにくいらしいですね。


かかるのは予定調和として、今月は有休更新前の最後の月。

計画的に有休を使い切っていないか、そこだけが心配です。

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